フードロス問題や、食べ物の背景を伝えるために
「バランゴンバナナ」は、フィリピンで化学合成農薬や化学肥料を使わずに育てられる安全・安心なバナナだ。同時に、私たち日本の消費者とフィリピンの生産者が、顔の見える関係でつながることができる民衆交易注釈のバナナでもある。だが、日本に輸入された後、私たちの食卓に届くまでの間に廃棄される規格外バナナが存在する。消費者の目に見えにくいところでも、フードロスが起きているのだ。
そんな規格外のバランゴンバナナを描いた絵本がある。物語はフィリピンの山の中から始まる。主人公であるバランゴンバナナの姉弟は、育ての親である生産者の元から、集荷場や港などを経て日本へとやって来る。しかし、姉のほうのバナナは皮のキズが原因となり、規格外品に分別されてしまう。
画面いっぱいに描かれたイラストから、バナナ生産者たちの素朴な暮らしぶりや豊かな南国の自然を感じ取ることができる。そして、見た目の違いによって生き別れてしまうバナナの、複雑な心境を追体験できるストーリーになっている。
「この絵本は、2つのテーマを扱っています。前半は、バランゴンバナナが日本に届くまでの物語です。フィリピンの産地や到着までのプロセスを絵として楽しみながら、いろんな発見をしてもらえるようになっています。
後半部分では、フードロス問題を扱っています。日本に到着したバランゴンバナナは、皮に深いキズがあったり、大きな黒い斑点があると規格外に分別され、廃棄されるものが一定数発生しています。けれど、その規格外品の中には、皮をむいたら全く問題がなかったり、一部を取り除けば食べられたりするものも存在しているんです。
ふだん手にしているバナナの裏側に、食べられるのに捨てられるバナナがあるということを、子どもたちにも知ってもらいたいと思いました」
そう語るのは、この絵本の制作を企画したNPO法人APLA(あぷら)の福島智子さんだ。APLAとバランゴンバナナの輸入販売を行う株式会社オルター・トレード・ジャパン(以下ATJ)は、姉妹団体の関係にある。
APLAとATJは、共に産地の地域づくりの支援や、産地と産地、産地と消費者をつなぐネットワーク作りや交流事業、広報活動などを行い、民衆交易の輪を広げてきた歴史がある。
2021年から規格外バランゴンバナナを活用する取り組みがスタート
APLAが2021年から取り組むのが、廃棄されている規格外バランゴンバナナを減らすための「ぽこぽこバナナプロジェクト」だ。この「ぽこぽこ」という名前には、全国各地のいろいろな場所で、自分なりのアイデアで規格外バランゴンバナナを活用する人がぽこぽこと生まれるように、という想いが込められている。
公式ウェブサイトから確認事項をチェックし、承諾すれば、だれでも規格外バランゴンバナナを注文できる注釈。廃棄量を削減するだけなら、ある程度大きな食品メーカーや飲食店と契約を結び、一手に引き受けてもらうこともありえたはずだが、「そうした考えは当初から全くありませんでした」と福島さんは言う。
「取り組みを通じて、いっしょに考える友と出会い、情報を発信して、私たちの食と消費のライフスタイルを問い直していく。これが、私たちが初めから掲げていたプロジェクトのあり方でした。プロセスを大事にしているので、バナナをどう使ったかを答えるアンケートは必須で提出してもらうようにしています。知恵を共有し、学び合うネットワークを作っていきたいんです」
2021年に始まった「ぽこぽこバナナプロジェクト」。当初は月に10ケース(100kg)ほどの注文だったが、今では毎月130ケース(1,300kg)ほど利用されるように。これまでに活用できた規格外バランゴンバナナの総量は、延べ30トン(2021年9月1日〜2024年12月31日集計)を超えた。
「みなさんが積極的にSNSで宣伝してくれたり、イベントを企画してくださったり。各地のキーパーソンとつながって、その方からさらにどんどんつながる、といったことも多く、理想的な形で広がってきた実感があります」
子どもの発想力と行動力に感動。「フードロスを子どもに伝えたい」
プロジェクトを始めてから約3年。福島さんの胸には、「子どもにもっと規格外バランゴンバナナのことを伝えたい」という思いが芽生えていた。
きっかけとなったのは、「ぽこぽこバナナプロジェクト」に当初から参加してくれていた「明海(あけみ)小学校地区児童育成クラブ」(千葉県浦安市)の存在だった。
規格外バランゴンバナナのことを知った学童クラブに通う子どもたちが、「見た目が悪いだけで捨てられるのはおかしい」「バナナがかわいそう。みんなでこのバナナを救おうよ!」、そんな声を上げて、自主的に活動を始めたのだ。
バナナラーメンやバナナの皮のチーズ焼きといったユニークなレシピを考えたり、バナナの皮をすき込んだ紙を作ったり。小学校高学年の子どもたちを中心に活動内容を考え、多様な取り組みを展開。毎年、子どもの興味に合わせて内容を変えながら活動し、継続してきたという。
「捨てられるのはおかしい、と素直な気持ちで行動する。ものすごいパワーと大人にはない発想力に驚き、感動しました。バナナは、子どもにとって感情移入しやすい食べ物なんだという気づきもあり、子どもに伝えたいという気持ちが強くなっていきました」
以前から未就学児を対象に多数のワークショップを開催し、写真よりも絵という表現手法に可能性を感じていた福島さんは、「絵本で規格外バランゴンバナナのことを伝える」ことを決意。クラウドファンディングによる資金調達にも挑戦して、約1年かけて絵本『バナナのらんとごん』が完成した。
バランゴンバナナの魅力と規格外の原因は表裏一体
そもそも、なぜ「規格外」のバナナが発生してしまうのだろうか。 APLAの姉妹団体で、バランゴンバナナの輸入・販売を担うATJの小島崚平さんに詳しく話を聞いた。ATJも、この絵本の監修として制作に協力している。
「年間平均すると、バランゴンバナナの輸入量全体注釈の7~8%ほどが規格外に分別され、廃棄されています。規格外にしなければいけない原因としては、バナナの頭部から腐って黒くなる「軸腐れ」と、皮の表面に黒い斑点が出る「炭疽病(たんそびょう)」を併発しているものが7~8割、食卓に届ける前に熟し始めてしまう「過熟」と「キズ」が原因となるものがそれぞれ1割ほど、といった内訳です」
炭疽病や菌の付着が起こりやすいのは、栽培期間中、化学合成農薬をいっさい使わないことが影響している。また、山間部に暮らす生産者は、馬や水牛に載せたり自分で担いだりして、険しい山を越え、バナナを運んでくる。どうしても運搬時間が長くなるため、皮のキズや菌の発生リスクが高まってしまうのだ。
バナナの熟度を抑え、菌が繁殖しにくい温度は13℃以下。収穫したらできるだけ早くこの温度帯に置きたいのが本音だが、山を越えて集められるバランゴンバナナでそれを実現するのは難しい。
「収穫したバナナを13℃温度帯に置くまで、丸1日かかる生産者も多くいます。13℃で保管する前に菌が付着すると、運搬中にもバナナにどんどん広がってしまうのですが、それは現地では目視できません。日本に到着して熟させるとどんどん腐っていき、初めて判明するんです」と小島さんは複雑な表情を見せる。
「生産者の多くは、山間部に暮らす小規模生産者です。バランゴンバナナの取り組みは、彼らが自分の土地で現金収入を得て、自立した生活を営むことを目指す民衆交易のひとつです。物流の視点から見て、全く効率的ではない場所に住む彼らと共に生きるための、いわば手段としてバランゴンバナナを輸入しています。そのため、どうしても規格外品が出やすいという実情があります」
化学合成農薬に頼らないこと、山間部の小規模生産者からバナナを買い取っていること。規格外品を生む要因は、バランゴンバナナの魅力的な特徴と表裏一体なのだ。
いっぽう、一般的にスーパーで見かけるバナナは、同じバナナでも、バランゴンバナナとは大きく異なる存在だ。日本に輸入されるバナナの8割近くはフィリピン産で、そのほとんどが、ミンダナオ島のプランテーションで栽培されている。プランテーションとは、輸出用に1種類の作物だけを大量生産する農園のこと。フルーツの生産・輸入販売を行うグローバル企業が主導する。スーパーでは、何軒回ってもそのグローバル企業以外のバナナを見つけることは難しいだろう。
単一作物を大量に作るプランテーションは、病気が蔓延するリスクが高く、化学合成農薬を使うことが多い。1982年、故・鶴見良行氏が調査して発表した『バナナと日本人─フィリピン農園と食卓のあいだ』(岩波書店)により、化学合成農薬の使用が自然環境への悪影響、そして労働者や近隣住民の健康被害を引き起こすことが指摘されている。
しかし、告発から40年以上経過しても、フィリピンのバナナ生産環境は完全に改善されたとはいえず、いまだに化学合成農薬の空中散布が行われたり、それにより労働者から健康被害の訴えがある状況だという注釈。
プランテーションでは、とにかく効率的な生産を追求する。小島さんによると、設備のいいプランテーションでは、農園内に運搬用ケーブルが張り巡らされており、収穫したバナナはすぐにつるされて運搬。わずか30分後には水で洗浄され、13℃温度帯に置かれるという。
グローバル企業のひとつ、ドール社によれば、規格外になるのは日本に輸入しているバナナの総量の0.4~0.5%注釈。対して、バランゴンバナナの規格外比率は7~8%にもなる。
生産者とともに規格外品が減るよう努力。異常気象の影響も
バランゴンバナナの特性上、どうしても規格外品の発生が避けられないが、ATJと現地法人であるオルタートレード・フィリピン社(以下ATPI)は、できるだけそれを減らすための努力を続けてきた。日本に届いたバランゴンバナナは、どの村からやってきたかたどれるようになっている。
規格外品が発生し、とくにその比率が高い地域があった場合、小島さんたちは現地に状況をフィードバック。運搬状況や、気象状況を聞き取り、生産者たちもいっしょに原因を究明し、対策を考えている。
「状況を写真とともに伝えると、現地でミーティングを開いて原因を探し、改善してくれます。最近の例でいえば、レイクセブというとくに標高の高い産地の品質が悪かったとき。集荷場からパッキングセンターまでの運搬に課題があるとわかり、それを改善するアイデアが現地側から提案されました。
それで、新たにプラスチックのカゴを導入し、バナナはすべてそのカゴで運ぶことに。さらに、カゴを積むトラックの荷台には、直射日光が当たらないよう日よけシートをかぶせるケアを追加しました。この対策によって廃棄率が大きく改善しました」
だが、バランゴンバナナの生産者は約3,000名。小さな規模の生産者が、フィリピン国内の4つの島、8つのエリアに散らばっている。こちらで廃棄率が改善しても、次は他エリアで別のほころびが生まれ、というように、なかなか全員の足並みをそろえて改善することは難しいのだそうだ。
また、生産者の努力では改善できない気象条件による品質劣化もある。例えば、2023年春から2024年6月初旬ごろまでに起きたエルニーニョ現象注釈は、バランゴンバナナの栽培にも大きな影響を与えた。今回のエルニーニョ現象は、海面水温の上昇が月平均最大2.3℃を記録する大規模なもので、東南アジアの各国が熱波、猛暑に襲われた。
フィリピンでも、全土で高温・乾燥状態が長く続き、産地の自然条件によって被害状況に差はあったものの、多くの畑でバナナの苗が枯れたり、生育中の株が途中で折れたり、バナナの実が収穫前に軟化し黄色くなるなどの影響があった注釈。なお、ふだんの降水量が多く曇りがちな地域では豊作傾向にあったので、全体の出荷数量は落ちなかったという。
さらに、2024年9月からわずか3カ月の間に、合計11個の熱帯低気圧(後に台風となったものも含む)が次々とフィリピンに上陸。それぞれ別の島を襲い、多くの産地が被害に遭った。中でも甚大だったのはスーパー台風24号による被害で、ルソン島の産地ではバナナの株すべてが倒れてしまった。
生産者たちも、台風の大規模化が加速しているのではないか、と話す。多くの株を倒すような大型台風の襲来は、かつては数年おきだった。しかし今は毎年のように起きているそうだ。
「台風の影響で、バランゴンバナナは2024年後半、ここ数年で一番の不作となりました。供給が安定するのは、2025年春以降と予測しています」(小島さん)
現在ATPIは、生産者に堆肥となる鶏ふんの無料配布を行ったり、株の植え替えを手伝うなど、復興支援に注力している。
現地の土に還るでもなく、日本でバナナを廃棄するのは最もやるせない
日本でのフードロスの量は年間約472万トンと推計されており、これは世界14位の数字だ。いっぽうで、食料自給率はカロリーベースで約38%、輸入食品の重量は約2,986万トン注釈。つまり日本は、世界でも上位のフードロス国であるにもかかわらず、輸入もたくさん行っているというわけだ。
フードロスの量が多い理由として、日本は選別の基準が他国よりも厳しいという事実がある。消費者が見た目を重視しがちであることが要因のひとつだ。ではバランゴンバナナの場合、選別の基準はどうなっているのだろうか。
小島さんによると、「皮をむいたとき、実にキズがなければ問題なし」を一番大切にしたい基準として、主要取引先とは合意しているそうだ。しかもこれは、20年近く前から、ほとんど変わらずに運用されているという。
「表面の黒い斑点も、親指の大きさ以下ならOKと決まっています。生協パルシステムの組合員さんをはじめ、消費者のみなさんに背景をご理解いただき、この基準で受け入れていただいていることは、本当にありがたいと思っています」
つまり、バランゴンバナナの正規品は、かなり広い許容範囲で選別されているということだ。だからこそ、ATJが取り組むべきは、日本に届くバナナを少しでも多く基準内の品質にすることだと小島さんは言う。
「フィリピンでの廃棄の意味と、日本での廃棄の意味は大きく違うように思います。フィリピンではうまく育たなかったバナナは最終的には土に還り、栄養分として循環していきます。しかし、日本に輸出してから廃棄するということは、本来現地で循環するはずだった資源を奪うことになる。だからこそ日本での廃棄量を減らし、どうしても出てしまったものは「ぽこぽこバナナプロジェクト」で利用する。これが理想的だと思っています」
バナナの廃棄を減らすため、私たちにできること
食べる側は、バランゴンバナナの廃棄を減らすために、どんなことができるだろうか。
「今の基準で引き続き利用してもらえることが、廃棄率を減らす大きな助けになっています。もし、市販のバナナの基準に沿ったら、バランゴンバナナの廃棄率は50〜70%にもなってしまうでしょう。みなさんの寛容な姿勢にとても感謝しています」(小島さん)
「こうした規格外のバナナの存在を、周りの人にぜひ話してもらいたいと思います。今回作った絵本は、きっとそんなきっかけを生むはずだと信じています」(福島さん)
フードロス問題を知り、海を越えた連帯について思いを巡らせ、だれかと語り合う。絵本『バナナのらんとごん』がきっと、子どもに、そして大人にとっても、食と農の未来を考えるきっかけになるはずだ。