人と自然が手を取り合って作る世界観
――岩田さんは、アクアマリンふくしまの開館前からさまざまな生き物を集めてきて生育環境を整えるなど、土台を築いてこられました。そもそもなぜ、「環境水族館」なのでしょうか。
岩田雅光(以下、岩田) 当館の展示コンセプトは「黒潮と親潮の出あい」です。太平洋の福島県沖は、南から来る暖かい海流「黒潮」と北から来る冷たい海流「親潮」がぶつかり合う、いわゆる「潮目(潮境)」。親潮が運んでくる豊富な栄養、そして黒潮に乗ってくるたくさんの魚、異なる性質が合わさって豊かな漁場になっています。
福島の川や海にいる生き物、そして、黒潮・親潮それぞれの源流域である南北のエリアにいる生き物を主に展示しています。一般的に水族館は水の中を中心とした展示が多いと思いますが、僕たちは“水辺”、つまり陸上も含めて動物と植物どちらも展示する形を続けているので、「環境水族館」と名乗っているんです。

「開館から今まで、植物も陸上動物もたくさん増えたので、もはや“水族館”ではないのでは……なんて思ったり」と岩田さん(写真=編集部)
――とくに温室になっている熱帯エリアは植物も多く、常に変化していくこの環境をどのように維持・管理しているのだろうかと驚きました。
岩田 南は沖縄や奄美大島、北は北海道と、担当者が実際に現地に行ってその生き物が暮らしている場所の本当の姿を見ているので、忠実な環境の再現につながっていると思います。
“忠実な再現”とはいえ、これはある意味、“盆栽”のようなものです。ある環境を作り上げるために人間が強要することもありますし、時間に任せて成長や変化を待つこともあります。人工的な部分と自然な部分、その両方を併せて、違和感がなくなるようにします。何もせずそのままにしておいたら、もう見られたものではありません。自然の力はものすごいので。

トンネルのように植物が茂る熱帯エリア(写真=編集部)
――岩田さんは小さい頃から生き物を飼うのがとにかく好きだったので、ずっと水族館で働いているとのこと。生き物を飼う楽しさとはどんなものですか。
岩田 ひとつの世界、例えるなら“箱庭注釈”を作るような感覚ですね。全体がどんなバランスになる世界を作ろうかと考えるのが楽しいんです。「この岩陰からあの生き物が出てくるところが見たい!」と思ったらあとはもう、その場所でいかに居心地がいい環境を彼らに提供できるか、まさに闘いです(笑)。
水の流れが好きな生き物にはほどよい流れを作る、隠れるのが好きな生き物には隠れさせつつも頭だけは見えるように穴の向きを調整するとか。「君にいてほしいのはここなんだよ、ここがちょうどいいよ」と案内しても、「いや、こっちがいい」って別の場所に行かれて「あぁ~」とがっかりすることも……。
――駆け引きというか、試行錯誤のようすを想像すると何だかほほえましくなります。生き物と対等な目線で接しているのですね。
岩田 たいていは、こうしてほしいと思う通りにはならなくて、生き物との闘いに負けていますよ(笑)。

「自然界とは大きさも全く異なる人工的な世界でありながらも、より近い状態が象徴的に表れているのが、究極の“箱庭”ですね!」と岩田さんは語る(写真=編集部)
「海は何でも許してくれる」と思いがち
――岩田さんは長年、水族館の仕事を通して海や水辺の環境を見つめてこられました。今の海の状況についてどう感じていますか。
岩田 アクアマリンふくしま開館以降のここ20年間ほどでも、以前とは生物相注釈が全く異なります。よく佃煮などにして食べる小魚のコウナゴ(イカナゴの稚魚)が、元々は春先に福島近海でたくさんとれて、スーパーでもしらすよりずっと多く並んでいたんですけど、もう全然とれないようで見かけない。北海道ですらとれていないそうです。
それから、ここよりも少し北に位置する相馬市に釣りに行った人の話では、温帯から南にかけて生息するツバメウオという魚が、幼魚のうちに黒潮に乗って北へ流されてしまうとこれまでは水温が低くて生き残れなかったところ、そのまま成長して30cmほどの成魚サイズで釣れたのだそうです。ということは、ここはかつての冷たい海ではなく、伊豆くらいの温帯の海になっているんだろうなと。

ツバメウオの幼魚。成長するにつれ名前の由来でもある長いひれはなくなり、体は白黒のしま模様になる(写真=PIXTA)
全体的に海水温が上がり、北から来る親潮が弱くなっているのは確かでしょうから、海流がぶつかる潮目の位置も徐々に変わりつつあると思います。
アクアマリンふくしま最初の展示生物でもあり、潮目ならではの代表種であるサンマも、福島どころか日本の魚じゃなくなりそうなくらい、近年ではとれなくなっています。いずれは「かつて近海に生息していた魚」というタイトルの展示になってしまうかもしれません。

エサに群がり泳ぐサンマの水槽。サンマは南方で生まれて北方で育ち、また南方に帰っていくという一生を送る(写真=編集部)
――地球温暖化はもうずいぶん前から危惧され続けていますが、海の中もすでにこんなにも変化が起きているのですね。
岩田 海はあまりにも大きくて、いつでも変わらずそこにあって、こちらがすることは何でも許容してくれるような存在だと無意識に思いがちです。ですがじつは、どんなに小さなことでも人間の行いが海に大きな影響を与えています。
みんなが好き勝手にごみを出し続ければ、処理場でごみを燃やして排出されるCO2(二酸化炭素)も増え続けて、地球全体の温暖化は加速してしまいます。
また、たとえ海や川に直接ポイ捨てをしていなくても、自分が出したごみが思わぬ経緯で海に流れ出てしまうことも。漂うプラスチックごみをエサと間違えて飲み込んだり、体に引っ掛けたりして、さまざまな種類の生き物が数多く命を落としています。
そしてプラスチックという素材はたちが悪い。自然界で分解されるまでに、ビニール袋なら10~20年、化学繊維の洋服なら30~40年、ペットボトルに至っては約450年は必要ともいわれています。物理的に分解されたとしても、微細なマイクロプラスチックとして残り、害を与え続けます。

いわき市の海岸。アクアマリンふくしまの定期調査によると、ごみの漂着量は季節・気象状況・場所などの条件により変動するそうだ。増えるのはとくに夏で、黒潮に乗って南から流れ着きやすいとのこと(写真提供=アクアマリンふくしま)
――今からでも、私たちに何かできることはあるのでしょうか……。
もちろんあります。先ほどと逆の言い方をすれば、こんなに大きな海(の状態)を変えるなんてできっこない、自分には大したことは何もできない……と思う人も多いでしょう。そう思い込んでいてやらずにいること、そして、ついうっかり忘れていることがまだまだあるはず。まずは一人ひとりが、小さくてもできることをやらなきゃ!と意志を持って行動してほしいです。
具体的には、当たり前のようですが、家庭ごみをきちんと分別して出すとか。面倒に思う人もいるかもしれませんが、例えば食品系のプラスチック容器は、汚れていたらそのまま捨ててもOKというルールの自治体もあるけれど、食器と同様にきれいに洗えば再利用できる資源ごみとして出すことができます。
僕も初めは、海のプラスチックごみ問題を多くの人に知ってほしい、講演などで語っているからには自分もやらなければと思ったのがきっかけでしたが、ひとつ気をつけ始めるとほかのことも徐々に意識が変わっていくなと実感しました。プラスチック容器を洗うことも、買い物でレジ袋やスプーンを基本的にもらわないことも、自分にとっての“普通”になりました。……まぁそれぐらいですけどね。挙げてみると大したことではないような、本当にちょっとしたことなんです。
大人は“隠れターゲット”!? ごみ拾いを楽しく続ける戦略と、次世代につなぐ理由
――岩田さんは講演活動のみならず、海のごみ拾いイベントなども積極的に企画されていますよね。
岩田 アクアマリンふくしまでは2022年頃から、「アクアマリン特掃隊(通称ASCT)注釈」なるものを結成し、海のプラスチックごみが集まってできた「プラごみ怪獣」をやっつけよう!というコンセプトで活動しています。「プラごみ怪獣」は月に1回ほど近隣の海岸に現れるので、みなさんと海岸の清掃をしたり、水族館内でプラスチックごみについて学んでいただいたりする機会を持っています。

「プラごみ怪獣」の存在は強大。すぐには倒せないが、もとである海のプラスチックごみを減らすことで弱らせていく(写真提供=アクアマリンふくしま)
――ごみ拾いにまつわる活動はアクアマリンふくしま内にとどまらず、近隣地域にまで広がっているとか。
岩田 市民活動として、「海神ネプチューン大学注釈」を2020年頃から続けています。例えば午前中にごみを拾って午後は漂着ごみや環境保護について学ぶ日、拾ったごみを使って何かを作る日(工作部)、綱引きやビンゴなどのゲームをしながらごみを拾う日(運動会)……興味に合わせていろいろな子どもたちが来ればいいなとイベントを考えました。
親子参加を基本としているのですが、じつは“隠れターゲット”は親のほうなんです。子どもは学校でどこかに見学に行ったり、SDGsの話を聞いたりする機会がありますよね。大人もテレビや新聞でプラスチックごみ問題についていろいろ見てはいますが、実際どうなのかというところをあまり体験していない方も多いです。
「子どもたちにやらせればいいや」ではなく、子どもといっしょにやってもらうことで「こんなことが起きているのか」と知ってもらう。大人がちゃんと知って、子どもたちもごみ拾いをしたいとなると、家族が同じ方を向くので、継続しやすいんですよね。だから何回も参加してくれる子もいるし、「私も負けないように拾っています」と言ってくれる親御さんもいます。

ネプチューン大学・運動会での「プラごみ玉入れ競争」の様子。それぞれが好きなことを通じて夢中でごみ拾いに取り組んでいる(写真提供=岩田雅光さん)
――ごみ拾いというシンプルな行動から、今後も新たな活動のアイデアがどんどん生まれてきそうですね。
岩田 みんなが楽しくごみ拾いできるようにするにはどうしたらいいかをもっと考えていきたいですし、加えて、イベントを手伝ってくれているボランティアの人たちにももっと楽しんでもらいたいんですよね。ごみ拾いのやり方を教えたり、リードしたり、ほかの参加者とのコミュニケーションも楽しめるような仕組みを作っていきたいと強く感じています。
それができると、ごみ拾いの輪が広がっていきやすいし、自らイベントを開くなどリーダーシップを発揮できる人も増えるのではないかなと。将来的には、学生さん……できれば中学生くらいの若い人にも、活動を引き継いでいけたらいいなと思っています。
――自分が先頭に立って活動をけん引するのではなく、次世代につないでいきたいと思う理由は何なのでしょう。
岩田 うーん、もしかしたら、水槽を作るのと同じ感覚なのかもしれないですね。いきいきと活動している人たちを見たい、そんな世界を…… “箱庭”の外から見てみたいという気持ちもあるのかもしれないです(笑)。
――2025年3月1日の生協パルシステムとの共催イベントでも、海の環境といのちについてお話しいただきました。そこからも、次世代の担い手が現れるかもしれませんね!
岩田 僕の話やイベント参加の経験が、何かにつながるといいなと思います。ふだんの活動でも今回と同様、基本的には小学生くらいの親子をメインターゲットにしていますが、熱心に話を聞いたり活動に取り組んでくれたりする子が、中学生以降になっても引き続き関心を持ってくれるといいなと強く願っています。

2025年3月1日のイベントのようす。子どもも大人も真剣な眼差しで岩田さんの話に聞き入った。問いかけには大きなリアクションがあり、会場だけでなく配信視聴者からもいくつも質問が寄せられるなど、盛り上がりを見せた(写真=編集部)
福島で24年。未来への歩みは、生物の進化のようなもの
――2000年の開館から24年。2011年には東日本大震災も経験し、今改めてアクアマリンふくしまとして未来に思い描いていることはありますか。
岩田 震災直後はとにかく、いかに早く再開させるかという復旧作業をみんなで頑張りました。屋外エリアにいた生き物も含めて20万匹ほどを津波に流されるなどして失いましたが、再開を機に敷地内のエリアを大幅に広げるなど、単に元に戻すだけでなく、さらに先に進めるようにして、今の形になっています。
開館から24年がたった今、エリアも増えていろいろな材料がそろい、それらを使って今度は何をするか?という岐路に立っているのかなと。
例えるなら、生物の進化に似ているかもしれません。魚は両生類になろうと思って進化したわけではなく、水の中の酸素が少ないから空気を吸い、草が生えた泥沼のような陸地を進まなくてはいけないから足が生え、結果として陸上に出られた……というように、個体の意志ではなくさまざまな条件がそろって次の段階に進んでいきます。アクアマリンふくしまも、今までの延長線ではなく、また何か新しいことができるのではないかという気がしています。