体調を崩したときに出会った麹
――和田さんがそれまでの仕事を辞めて、麹屋さんになるほど麹の魅力にはまったきっかけは何だったのですか?
和田友美(以下、和田) 以前は地方公務員として働いていたのですが、すごく忙しくて残業も多かったんです。しかも私は仕事人間で、「こうじゃなくちゃいけない」「この仕事は自分でやらなくちゃ」と抱え込んでしまうタイプ。無理を続けた結果、とうとう休職せざるをえないほど体調を崩してしまって……。休職して最初の1か月間は、病院に通う以外は何もできない状態でした。

写真=平野愛
そんな私を見かねた友達が、発酵食のお店に誘ってくれたんです。そこで料理を食べたときに、何だか体にワーッと力がわいてくる気がして、「何だこれは!?」って。
――発酵食との出会いが最初の入り口だったんですね。
和田 そうなんです。そのお店のかたが料理教室の先生もされていたので、リハビリがてら教室に通い始めました。
食の大事さに気づいてから、だんだん元気になっていって。家で使う調味料を手作りしたことをきっかけに、身近な調味料の多くが麹からできていることも知りました。そこで「麹の力ってすごい」「自分でも作ってみたい」とだんだんと麹そのものに興味がわき始めたんです。

和田さん手作りの栗の甘麹煮と熟柿(ずくし)(写真=平野愛)
復職したあとも料理教室に通って5年くらい勉強するうちに、「やっぱり麹のことが気になる!」と、30年間続けた仕事を辞めて麹屋になることを決めました。私と同じような経験をしている人にも麹のよさを伝えたかった。退職して麹士の資格も取り、最初は地元のイベントやオンラインで麹を販売したり、市民講座で発酵食品の料理教室などをひらいていました。

みかさぎ麹屋店主の和田友美さん(右)と妹で副代表の樋田夏子さん(左)(写真=平野愛)
今年の春には実店舗をオープンして、今では妹と2人で、隣接する工房で昔ながらの製法で麹を作っています。一般的な米麹のほか、黒麹、麦麹といった変わり種、塩麹やみそのような麹を使った調味料など、いろいろな麹商品を扱っているんですよ。
和食は発酵食の宝庫
――最近、発酵食品が注目されていますが、どんな点がよいのでしょうか?
和田 発酵食品は酵素の働きで栄養素が分解されて消化・吸収されやすくなっているので、体内の消化酵素を浪費しないで済むのです。その分自分のエネルギーを蓄えておけるメリットがあります。それになんといっても、「おいしい」が魅力です。
――そうなんですね。発酵食というと「ひと手間」がかかるイメージがありますが、日常で取りやすい発酵食のおすすめはありますか?
和田 発酵食を作ろう、と気負って考えなくても、じつは日ごろから皆さんが普通に使っているみそやしょうゆも麹からできているもの。だから、和食を食べていれば自然と発酵食品を取っていることになるんですよ。
発酵食品は食物繊維と組み合わせて食べるのがいいのですが、一度に一緒にとれる優秀な食べ物があるんです。それは、皆さんがふだんから飲んでいるみそ汁。

写真=平野愛
わかめは水溶性食物繊維ですし、ごぼうは水溶性食物繊維と不溶性食物繊維がバランスよく含まれています。こうしたものを具に入れるのがおすすめです。それにみそ汁を飲むと、何だかホッとしますよね。体は正直なので、自分に必要なものが食べたくなるんですよ。
――言われてみれば、みそ汁もりっぱな発酵食ですね!
和田 みそ汁を毎日作るのが大変だったら、「みそ玉」もおすすめです(レシピは末尾に掲載)。みそにだしや乾燥具材を混ぜたものを作っておけば、お湯を注ぐだけで手軽にみそ汁が楽しめます。

写真=平野愛
ほかにも、みそは餃子のタネやカレーの隠し味にすればコクが出ておいしいし、豆乳と混ぜて鍋にするのもいい。実はいろいろと使える発酵食なんです。
みそを仕込むみそ樽の中は「小宇宙」と言われるくらい、発酵にあたってさまざまな微生物や酵素の働きがあり、化学反応を起こしてうまみを増してくれます。大豆と麹や塩をあわせるだけなのに発酵の力でみそができるって、よく考えたらすごくないですか?
いつもの味に変化をつける塩麹
――みそやしょうゆ以外にも使いやすい発酵食の調味料はありますか?
和田 シンプルに麹のおいしさを味わえる塩麹もおすすめです。魚や肉を漬けるだけではなくて、料理の味に変化をつけるときに重宝します。私はよくオリーブオイルと合わせてドレッシングやディップを作ります。サラダや蒸した野菜につけるだけで、麹の甘さとうまみで素材の味がぐっと引き立つんです。

みそや麹を調味料と混ぜるだけの「塩麹の洋風ディップ」と「ピリ辛みそマヨディップ」(レシピは末尾に掲載)(写真=平野愛)
――塩麹はスーパーでも手に入りますし、手作りもできます。常備しておくと便利そうですね。
和田 発酵食って意外と手軽に作れておいしいんですよ。でも、塩麹といえば、以前に大失敗したこともありました。塩麹を混ぜたおにぎりを作って学校に行く息子に持たせたのですが、午後になってから食べようと思ったら、麹の酵素が働きすぎてお米のたんぱく質がドロドロに溶けちゃっていたらしいんです。
――ええ!? でも、それだけ酵素がちゃんと働いているってことでしょうか。
和田 まだ元気な酵素が、うれしくてお米を分解しちゃったんでしょうね。食べても問題ないとは思いますが、息子がいうにはおいしくなかったらしいです(笑)。
そもそも麹って何ですか?
――恵那市には、今でも麹屋さんが4軒あるとのこと。もともと発酵食が盛んな地域だったのでしょうか?
和田 うち以外の3軒は代々続いているお店です。周りに海がないので、昔は冬にたんぱく質を取るために麹で保存食を作っていました。とくに有名な発酵食があるわけではないのですが、今も自分たちでみそなどを仕込む文化が残っているから、麹屋も続いているのだと思います。

「みかさぎ麹屋」では工房で作った麹を使って、みそも仕込んでいる(写真=平野愛)
――近年、なかなか町中で麹屋さんを目にすることはありませんが、そもそも麹とは何なのでしょうか?
和田 簡単にいうと、麹とは主に蒸した米や麦、豆などの穀類に「麹菌」(ニホンコウジカビ)をつけて生やしたもののこと。みそ、しょうゆ、酒などの日本の伝統的な発酵食品を作るためには欠かせない、発酵のスターターのようなもの。

蒸した米にびっしりと麹菌が生えた米麹(写真=平野愛)
麹菌の起源は中国といわれていますが、日本の風土に対応して生まれたニホンコウジカビは日本独特のもの。海外からも日本の発酵食はすごく注目されていて、フランスでは自分たちでみそを造るコミュニティができているくらいなんですよ。
――フランスで手前みそ、それは面白いですね。和田さんの「みかさぎ麹屋」さんでは、米麹の材料となる米もご自身で栽培されていると伺いました。
和田 はい。ここ岐阜県恵那市と、その隣の市にまたがる笠置山から流れてくる水で、麹に使うお米を育てています。「笠置山(かさぎやま)」は昔から神様が宿っているといわれていて、地元では「御笠置(みかさぎ)」と呼ばれています。店名もそこから採りました。

写真=平野愛
実をいうと、もちもちのおいしいコシヒカリはあまり麹には向かないといわれています。でも、この地域で栽培されているお米は、ほとんどがコシヒカリ。薬膳に「身土不二」という言葉があるように、自分が暮らす地域で育ったものを食べるのがいちばんいいという考えから、あえて地元産のお米を使っているんです。

写真提供=和田友美さん
目に見えない微生物と一緒に麹を作る
――米麹を見たことはあっても、作り方までは知りません。どのように作っているのでしょうか?
和田 作っているところを見る機会はあまりないですよね。うちは、昔ながらの「室蓋(むろぶた)製法」で作っているのですが、まずは洗ったお米を一晩水につけて蒸すところから始まります。そのあと45℃まで冷ましたお米に「種麹」と呼ばれる麹菌をつけ、布でくるんで麹室(こうじむろ)という高温多湿の場所で一晩寝かせます。

写真=平野愛
それを温度ムラが出ないように混ぜたあと、「室蓋」という杉でできた容器に移します。室蓋の中には渦潮のような溝をつけていますが、これは温度と水分を調節し、麹菌に酸素が届きやすくするためなんですよ。この溝の形は麹屋さんによって違います。
――麹室も室蓋も杉を使っているのは理由があるんですか?
和田 杉は空気を通し、保温・保湿に優れているので、麹と相性がいいんですよ。お店をオープンする際に、麹室も新しく大工さんと一緒に造りました。

写真=平野愛
老舗の麹室にはいろんな菌がすみついていて、そのお店の独特の味を作っています。だから、たとえ同じ種麹を使っても麹屋さんによってでき上がりは違う。甘酒にして比べてみるとよく分かります。うちも、これからどんな菌がすみついてくれるのか楽しみです。

工房内の神棚に、できたての米麹を供える和田さん(写真=平野愛)
――目には見えなくても、いろいろな微生物の働きがあるんですね。
和田 そこが本当に面白いところです。
麹の「ふわふわ」に苦労も忘れる
――室蓋に移したあとは?
和田 そこからは2晩かけて、2時間おきに温度と湿度を調整します。その間は、目覚まし時計の音量を最大にしてセットして仮眠を取り、2人で作業をしています。

写真=平野愛
睡眠不足になるし大変なのですが、35~40℃の間をきちんと保つことが大事なんです。麹菌は生き物なので温度が上がると元気になる。でも温度が上がりすぎてもよくありません。最初のころは、温度調整がうまくできなくてカッチカチの麹になったり、何十回と失敗もしました。
――2晩掛かりきり! それは大変ですね。うまくできた麹はどんな状態になるのでしょうか?
和田 麹は使い道によって仕上がり方を変えますが、うちではお米の内部だけではなく、外側にもしっかりと菌糸がはった真っ白でふわふわの状態になるように仕上げています。

写真=平野愛
その姿を見たら苦労はすべて吹っ飛びます。まずにおいをかぐのですが、栗のような甘い香りがするんです。これをかげるのは、私たちの特権かもしれません。手塩にかけて、朝晩手入れをしてでき上がった麹は、まるでわが子みたいなものです。

写真=平野愛
今は温度調整までオートメーション化されている麹屋さんも多いのですが、うちは規模が小さいし、できるだけ自分たちで丁寧に手をかけたいと思っているんです。
ちょうどできたての麹があるんです、食べてみますか?
――ありがとうございます! 味も蒸した栗みたいな感じです。麹って生のままでも食べられるのですね。

写真=平野愛
和田 かむほどに甘みが出るでしょう。出来たての生麹は酵素が活発で、20日目くらいまではそのまま食べられます。サラダにトッピングして食べるというかたもいますよ。ただ生麹は劣化が早いので、手に入れてもすぐに使わないのであれば冷凍することをおすすめします。
発酵の持つ可能性は無限大
――麹屋さんを営むかたわら、発酵食を広めるさまざまなご活動をされていると伺いました。
和田 「麹って何で体にいいの?」といったことを伝える講演や、麹の使い方を教える料理教室やワークショップなどを全国で行っています。あとはカフェなどでのメニュー監修をすることもありますし、地域の小学校の給食センターにも塩麹を卸しています。

地元の企業からの依頼で、発酵食品の商品開発に携わることも(写真=平野愛)
最近の子どもたちは魚の皮を残すらしいのですが、給食でさわらの塩麹漬けを出したときは、みんな皮まで全部食べてしまうと先生から聞きました。子どもから「今日の給食のお魚がおいしかったから家でも作ってほしい」と言われたお母さんが、うちのお店に麹を買いに来たこともあります。そういう話を聞くと、本当にうれしいですよね。
――麹と出会ったことで、和田さんの人生も大きく変わりましたね。
和田 本当にそうですね。来年には、お店でも薬膳の考え方を取り入れた発酵食料理を食べられるようにしたいと考えているんです。「これを食べなくちゃ」と押しつけるのではなくて、私自身が最初に発酵食を食べて衝撃を受けたように、実際に食べてみることで何かを感じてもらえたらいいなと思います。

写真=平野愛
発酵の世界にはまだまだ未知の部分が多いんです。麹には無限大の可能性があると思っているので、いつか「麹ラボ」のようなものを作って、麹の道をもっともっと深めていくのが私の夢です。
混ぜるだけ! 麹屋さんのかんたん発酵食レシピ
【みそ玉】
「作りおきしておけば、いつでも手軽にみそ汁が食べられます。ラップに包んで冷蔵室で2週間、冷凍室なら1か月ほど保存可能。冷凍の場合は、電子レンジで温めてからお湯を注ぐと溶けやすいですよ」

●材料(4個分)
みそ 40g
かつおぶし 4g
お好みの具材(乾燥わかめ、切り干し大根、とろろ昆布、ごまなど) 適量
●作り方
1.ボウルに材料を入れて混ぜる。
2.4等分にして丸める。好みで具材を表面にまぶしても。
3.おわんやカップに入れ、お湯100mlを注ぎ、よく混ぜる。
【塩麹の洋風ディップ・ピリ辛みそマヨディップ】
「野菜スティックや蒸しただけの野菜に、発酵ディップをつけるだけでごちそうに。みそと麹のうまみと甘みが、野菜の味をぐっと引き立てます」

●材料(作りやすい分量)
塩麹の洋風ディップ
塩麹 大さじ2
オリーブオイル 大さじ1
みりん 大さじ1/2
ピリ辛みそマヨディップ
みそ 小さじ1
マヨネーズ 大さじ1
豆板醤 小さじ1/2
●作り方
それぞれの材料を混ぜるだけ。蒸したての野菜などにつけてどうぞ。