はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

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海外の食卓で現地の人と一緒に料理をする岡根谷さん

写真提供=岡根谷実里さん

「こうあるべき」を手放そう。世界の台所探検家と見つける、ごはん作りがラクになるヒント

  • 食と農
「世界の台所探検家」として、これまでに40か国以上、190以上の家庭に滞在。一緒に台所に立ち、料理をする中で見えてきた世界を伝える活動をしている岡根谷実里(おかねや・みさと)さん。世界に目を向ければ、食の在り方も食卓への考え方もさまざま。そんな岡根谷さんの体験から、「食はこうあるべき」という“常識”を見直すことで、日々のごはん作りをもっと自由に楽しむためのヒントが見つかるかもしれない。

世界各地の台所に一緒に立って気づいたこと

――「世界の台所探検家」として活動を始めたきっかけは何だったのですか?

岡根谷実里(以下、岡根谷) 「今日から台所探検を始めるぞ!」と言って活動し始めたわけじゃないんですよ(笑)。もともと人の生活に興味があって、大学生のときからあちこち旅をしていました。国際協力に携わりたくて土木工学を勉強して、アフリカのケニアでインターンシップもしたのですが、インフラを造る大きなプロジェクトを持ち込むことによって、逆にその国の人たちの生活が壊れてしまう状況も目にして……。自分がそれを本当にやりたいのか疑問に感じるようになったんです。

そんな中、滞在先の家族が笑顔になるのが、毎日ごはんを食べているときでした。おいしいものを食べる幸せって、国が違っても同じなんだなということに気づいて、自分の手でその笑顔を作れる「料理」の力ってすごいなと思うようになりました。

ふだんの何げない家庭料理からは、その家の価値観や暮らし方が見えてきます。さらには、食材の選び方や食べ方を調べていくと、その土地の文化や経済など、社会のいろいろな背景ともつながっている。そんな面白さにも気づいてゆるやかに台所探検を始めていきました。

インタビューに笑顔で答える岡根谷さんの画像

写真=平野愛

――これまでに40か国以上、190以上の家庭に滞在されて、料理を一緒に作って食べるという経験をされてきたそうですね。

岡根谷 何日間か家庭に滞在して一緒に寝起きし、料理をしたり、農作業を手伝ったり、子どもと遊んだりもします。滞在先は知り合いの紹介など何かしらの縁がある場所で、基本的に、「面白そうだな」と思ったところに行くことが多いですね。

世界各地の家庭で一緒に台所に立って料理をしていると、「アボカドの産地なのに、いいアボカドが買えないのはなぜだろうか」「なぜこの宗教では、これを食べてはいけないのだろうか」といった、いろいろな疑問がわいてきます。そうした疑問を調べる中で見えてきた、食の背景にある気候や歴史、政治、思いがけない社会の問題などを伝える活動をしているんです。

著書『世界の食卓から社会が見える』(大和書房)『世界のお弁当とソトごはん』(三才ブックス)を手に持っている岡根谷さんの手元の画像

世界の台所探検を通して見えてきた食の背景を著書でも発信している。「食という身近なものが、世界に興味を持つきっかけになったらいいなと思って。食べることは日々繰り返す行為。そのなかで何をどう選ぶのかは、社会をよいほうに変えることにもつながりますから」と岡根谷さん(写真=平野愛)

一日何回食べるかも決まっていない

――岡根谷さんが考えていた「食の常識」との違いに驚くような経験もありましたか?

岡根谷 驚くことは、いろいろありますよ。例えば日本で生まれ育った私は、食事は朝昼晩の一日3食が当たり前だと思い込んでいました。しかも、3食それぞれに栄養バランスを取らなきゃいけないものだと考えていたんです。でも、そもそも一日に何回食べるか決まっていない地域もけっこうあります。

中南米では、食事は一日5回だといわれているんですね。朝食、軽食、昼食、軽食、夕食があるのですが、実際は食べる回数もタイミングもきちんとは決まっていない。滞在先の家庭で「ふだんは何時ぐらいに食べるの?」「この食事は夕ごはん? それともおやつ?」と一応確かめてみるんですけど、「食べたいときが食事どきだよ」って言われるんです(笑)。

「食べたいときが食事どき」という言葉は、中南米だけじゃなくて、いろいろなところで言われました。栄養バランスがどうとかいう以前に、おなかがすいたときや生活の流れに合わせて自由に食べる国もある。「それもありなんだ!」と驚きました。

コロンビアのスープのみが食卓にのった昼食風景

コロンビアの昼食。いつ何を食べるのかはそのときに決める。昼食に食べたものが夕食時にリメイクされて出されることも(写真提供=岡根谷実里さん)

――食事の内容などで何か違いを感じた地域はありますか?

岡根谷 例えば朝食の品数が多くて興奮したのは、ヨルダンですね。トルコやレバノン、シリアも品数が多いと言われています。オリーブやひよこ豆のペースト「フムス」、チーズ、ピクルスなどの小皿が朝からいっぱい並ぶんです。でも、それらを朝から作るわけじゃなくて、保存してある瓶から出して並べるものが多い。一方、ヨーロッパで滞在した家庭での朝食は、パンに何かを塗って終わりというものが多かったです。

この2つの例に共通しているのは、手をかけずすぐに食べられるものが朝食になるということ。そもそも朝食が取れるようになったのは、食べ物の保存ができるようになってから。昔々、狩猟で食料を得ていた時代は、獲物が捕れてからじゃないと食事は取れませんでした。起きてすぐに食べられるものがあるというのは、じつはすごいことで、日々の暮らしの中で育まれた知恵といえます。

何品もおかずが並ぶヨルダンの朝食とパンにチョコスプレーがかかった皿が1つだけテーブルに置いてあるオランダの朝食シーンを対比した画像

多彩なおかずが並んだヨルダンの朝食(左)とパンにチョコスプレーをかけたオランダの朝食(右)(写真提供=岡根谷実里さん)

――そう考えると、朝食に手をかけないのは合理的ですね。

岡根谷 でも、逆にすごく手間をかける文化もあるんです。インドネシアでは朝4時前後に起きて、朝からごはんと、鶏肉を煮た料理、野菜料理など、もうお昼ごはんみたいな食事をしっかり取るんですね。

なぜそうなっているのかというと、朝のうちにほとんどの料理を作り終えるから。日が昇って暑くなる前に料理を終え、作ったものを朝だけでなく昼にも食べる。料理が残っていれば夜にも食べるし、残っていなかったらまた作る。

日中の気温が高すぎるので、涼しいうちに料理をしておこうという、その土地に合った戦略があるわけです。気候やライフスタイルなどに合わせて、それぞれの食事の形ができているのだと思います。

インドネシアバリの朝食準備風景。大きなかまどの前で火を起こして料理をしている女性の画像

インドネシア・バリ島の朝食準備風景。朝の涼しい時間帯に一気に一日分の食事を用意する家庭が多い(写真提供=岡根谷実里さん)

食卓で何を大事にしたいのか

――日本だと「一日3食、手をかけて品数もそれなりにあったほうがいい」というプレッシャーを感じることもあります。でも、それが世界の常識ではないと知ると、少し気がラクになります。

岡根谷 日本の社会は、食に限らず規範意識がすごく強くて、「こうでなきゃいけない」とまじめに考えてしまいがちですよね。そんなときは、自分が「何を大事にしたいか」をまず考えるといいかもしれません。例えば、「一日1回、家族が集まって話す場として食卓を大事にしたい」というのであれば、盛りつけに時間をかける必要はないかもしれないですし、夕食は一緒に食べるけど朝食はバラバラでもいい。

家族そろって食べる「共食」のプレッシャーも日本では強い気がしますが、コロンビアで滞在した家庭では、3人家族でとても仲良しなんだけど、朝食以外は割と家族バラバラで食べていました。同じ部屋の中でも離れた席で食事をするんです。食事以外のところで家族のコミュニケーションがちゃんと取れていれば、「食卓でのだんらん」にこだわらなくてもいいわけですよね。

――家族との時間を大事にしたいのに、だんらんのための食事作りがプレッシャーになってイライラしてしまったら本末転倒ですね……。

岡根谷 本当にそうです。今私はオランダに住んでいるのですが、オランダは本当に料理にこだわっていないといわれているんです。もちろん、世代とか個人によっても違うとは思いますが。

オランダの定番家庭料理は「スタムポット」といって、じゃがいもとケールなどの青菜を鍋でゆでてつぶしただけのもの。味付けは塩とこしょうです。その上に、ソーセージなどの肉をのせて、各自が直接鍋から食べたいだけ皿に取ります。まずくはないのですが、大しておいしくもないわけですよ。夕食はこの一品だけで、それをみんなパパッと食べる。でも、それで満足しているんですよね。

じゃがいもとケールのような青菜を鍋でゆでてつぶした真ssっ湯ポテトの上にウインナーがのったオランダのスタムポットの画像

オランダ語で「つぶした(stamp)鍋(pot)」を意味する「stamppot」は、オランダを代表する家庭料理(写真提供=岡根谷実里さん)

――じゃがいも、青菜、肉とバランスは取れていそうですが、すごくシンプル! 

岡根谷 お昼ごはんも毎日同じサンドイッチです。スーパーで買ったへなへなの食パンに、バターを塗ってチーズを挟むだけ。それを毎日毎日食べているんです。

じゃあ、オランダの人たちは食を大事にしていないのかなと思うと、「Recipes for Wellbeing Report」(食とウェルビーイングの関係性レポート)という研究調査では、不思議なことにオランダが食に対する満足度で 1注釈になっている。どうしてだろうと思って周りの人にインタビューしてみると、どうやら食べ物ではなく、「一緒に楽しく食べること」を大事にしているようなのです。

日本はそもそも料理のレパートリーがすごく多い。品数はあるのに、それでも「まだ足りない」と感じてしまう日本人の悩みがある一方で、鍋のままじゃがいもをゆでてつぶしたものを出しても、みんなで楽しく食べればハッピーという考え方もある。そんなふうに、皿の外へ意識を向けてみることも大事かなと思います。

インタビュー中の岡根谷さんの手元画像

写真=平野愛

一汁三菜が理想?「伝統」はずるい言葉

――確かに、毎日メニューを変えるので、「日々の献立を考えるのが大変」という声はよく聞きます。

岡根谷 日本は季節があるし、山から海まであって食材が豊富。さらに今は世界中の食材が手に入るので、いろんな料理が作れてしまうんですよね。だけど、それは日本が恵まれすぎているからで、キューバに行けば、毎日フリホーレス(白いごはんと黒いんげん豆の煮込み)ばかり。それで別に何も問題ないんです。

――「一日3食、一汁三菜で栄養バランスを考えなくちゃ」と考えがちですが、日本の歴史を振り返ればそうではない時代もあったわけですよね。

岡根谷 そうですよ。一汁三菜は鎌倉時代や室町時代の本膳料理がルーツで、かつては武士が食べていたもの。庶民が食べられたのは、一汁一菜という時代もありました。伝統的な和食といわれて多くの人がイメージするのは、昭和前期の専業主婦が多かった時代の食卓だと思います。それと同じものを、今の共働きの時代に毎日作るのはけっこうハードルが高い。

そもそも時代をさかのぼれば「食卓での家族だんらん」どころか、「食事は無言で食べなさい」と言われていた時代もある。「伝統」というのは本当にずるい言葉で、どの時点に基準を置くかで変わってくるわけです。

世界でもそういう例はあって、ポーランドでは「クリスマスに鯉を食べるのが伝統」といわれているのですが、調べてみたら歴史はそれほど長くない。社会主義時代に効率的に養殖しやすい魚として政府が奨励したという背景があった。そんなに古くからの習慣ではないのに、今の世代の人たちは「伝統」だと思っているんです。

インタビューに答える岡根谷さんの画像

写真=平野愛

「こうあるべき」を見直してみる

――今の時代やライフスタイル、自分が大事にしたいものに合わせて、食の在り方を変えてもいいのだと思うと、日々のごはん作りをもっと自由に楽しめそうです。

岡根谷 現代のライフスタイルは多様になっているのに、一つの規範や「伝統」に縛られてしまうと苦しくなってしまいます。一汁三菜が、今の自分の生活に合わないのであれば変えたらいい。

いろいろな食材を食べることが目的なら、「三菜」分の食材をまとめて一つの煮物にしてもいいし、全部入れて豚汁にして一汁一菜でもいいですよね。食卓の目的が家族とのコミュニケーションなら、忙しい日は一品料理でもいいわけです。

何よりも、自分ができていないことより、今できていることをちゃんと認めること。「一品作っているだけでもすごい!」と考えてもいいんじゃないでしょうか。今まで「こうあるべき」と考えていた食のルールも、「現代に合わせたらどうなのか?」「ほかの国ではどうなのか?」という目線で見直してみると少し気持ちがラクになるかもしれません。

脚注

  1. 日清食品株式会社と公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団が、米国の世論調査会社の協力のもと2023年に発表したレポート。過去7日間を振り返って「日々の食を概ね楽しんだか」「食べたものは概ね健康的だったか」「日々の食事は豊富な選択肢から選べたか」という3項目すべてに「はい」と答えた人の割合がオランダは最も高かった。

取材・文=中村未絵 写真=平野愛 構成=編集部