はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

生協パルシステムの情報メディア

ダニの模型を持った五箇さん

写真=平野愛

「ダニ博士」がナビゲート。身近な生きものからひも解く、生物多様性の話

  • 環境と平和
「生物多様性」という言葉は知っていても、その本当の意義をすぐに説明できる人は少ないかもしれない。しかし、かつて身近にいた虫や生きものの姿を、最近見かけなくなったことに心当たりのある人は多いだろう。猛暑や異常気象が続くなか、足元の小さな自然や生きものの変化は、私たち人間に何を伝えているのか。「ダニ博士」「外来種バスター」の異名をもち、国立環境研究所で生物多様性保全を専門に研究している、五箇公一(ごか・こういち)さんに話を聞いた。

セミが羽化できない? 身近な自然で起きていること

――生物多様性の研究に取り組み、「ダニ博士」の異名を持つ五箇先生は、子どものころから虫や生きものに興味があったのでしょうか?

五箇公一(以下、五箇) 富山の田舎で育ったんですが、カマキリ、カブトムシ、アメリカザリガニ、ヘビ……気になる生きものを見つけては家に持ち帰って、飼育して、繁殖させていました。生きものを観察するのが好きで、飼育ケースを枕元にずらっと並べて寝ていたくらいです。今思えば、よく親が許してくれていたなと思います(笑)。

――繁殖までしていたとは、すごい熱量です。

五箇 一度興味を持つと、とことん凝ってしまう性分なんです。大学に入ってからはダニの世界にどっぷりハマってしまって。 ダニを追いかけているうちに、遺伝子の違いがどう進化につながり、さらに生態系全体にどう影響するのかが見えてきたんです。 そこから縁があって、生物多様性の研究へとつながっていきました。

インタビューに答える五箇先生

「実習のときに顕微鏡を覗いたら、オスのダニがメスを取り合ってけんかをしていて。何だこれは、と衝撃を受けてミクロなダニの世界に一気にのめり込んでいきました」(写真=平野愛)

――そんな五箇先生の目には、ここ最近の環境の変化はどう映っていますか?

五箇 いちばん身近に感じるのは、虫を見なくなったことですね。私が勤務する国立環境研究所注釈のあるつくば市でも、植物は茂っているのに、昆虫は明らかに減っている。トンボやカエル、カタツムリも少なくなりました。 その一方で、日本では、アルゼンチンアリやセアカゴケグモ、ツマアカスズメバチなど、人間に害を及ぼす外来種は増えています。

――その原因は地球温暖化の影響が大きいのでしょうか。

五箇 そうですね。猛暑が続くと、セミは殻から出られないし、蚊も飛ぶ元気をなくします。ほかにも環境的な要因もあって、山林を大規模に切りひらくような宅地開発が進むと、森に依存して生きている昆虫たちは居場所を失ってしまいます。本来は多くの生きものが暮らす水田も、耕作放棄地が増えると住処がなくなっていく。そうやって荒れた環境では外来種の方が増えやすくなってしまいます。

水田と山々の風景

日本の水田は、古くから里山生態系の一部として機能し、多様な動植物の貴重な生息地になっている(写真=編集部)

4つの階層で見る、生物多様性の世界

――身近な生き物の変化に気付くと、「生物多様性」という言葉が、ぐっと身近に感じられます。あらためて、生物多様性の意味や意義を教えてください。

五箇 生物多様性は、ミクロからマクロへとつながる4つの層で成り立っています。まず、一匹一匹が少しずつ違う遺伝子を持っている。これが遺伝子の多様性で、環境が変わっても、違いを持つ個体が生き残り、種全体の存続につながります。

その遺伝子の違いが積み重なると、カブトムシやカエル、細菌まで、たくさんのが進化する。これが種の多様性で、地球には未知の種も含めれば、1億種もいるとさえ言われています。

さらに、多様な種が集まって森や川、湿地などで 異なる生態系をつくる。この生態系の多様性がつながり合うことで、地球全体の環境が維持されているんです。

――ミクロからマクロまですべての多様性がつながっているわけですね。

五箇 そして、この3つに加えて大事なのが景観の多様性です。熱帯雨林の景観、海浜の景観、砂漠の景観――地域ごとにまったく違う景色が生まれるのは、生物多様性によるもの。

人間はその景色から暮らし方や文化のヒントを受け取ってきました。水や食料の恵みを生態系からもらい、景観から価値観や文化を育んできた。つまり、生物多様性は自然だけでなく、人間社会の豊かさそのものを支えているんです。

生物多様性を表す4つの階層図

遺伝子というミクロなレベルから景観という大きなスケールまで、生きものの多様性が織りなす階層構造の総称を「生物多様性」と呼ぶ

生物界で最弱の人間。生き残るための武器とは?

――生物多様性は人間が生きていくベースになっているのですね。

五箇 その生態系が人間が化石燃料を手に入れたことによって、ものすごい勢いで崩壊しつつあります。このまま世界規模で生態系のかく乱が続き、生物多様性が劣化すると、最初に滅びる生きものは何だと思いますか?

――住処や食べ物がなくなることを考えると、森で暮らす生き物でしょうか。

五箇 それはおそらく人間です。人間は強い生き物だと思っている人も多いかもしれませんが、生物学的に見ると実はとても脆弱な動物なんです。野生の動物に比べると華奢で、速く走れるわけでも、腕力が強いわけでもない。裸で戦ったら、猫にすら勝てないかもしれません。

そんな弱い動物だからこそ、文明的な社会に守られて初めて安全・安心な生活を送ることができる。でも環境が悪化して、この社会を維持できなければ、人間は呆気なく滅んでしまうかもしれない。特に心配されるのは、現代に入って、私たち人間が「人間らしさ」を失い、戦争や犯罪、差別が絶えないエゴが優先する社会になっているということです。

動物学的に脆弱なホモ・サピエンスがこの地球で生き残ってこられたただ一つの理由は、ほかの動物にはない「助け合いの精神」という武器があったから。コミュニティの中で協力して獲物を狩り、子育てを助け合う。そんな知恵と創意工夫で、弱点を補いながら生き延び、暮らしを維持してきました。

もし人類がエゴを優先して、唯一の武器であるヒューマニティーを失うことがあれば、文明は簡単に崩壊して私たちも滅亡します。人間自身の未来を生かすも殺すもエゴ次第だということを私たちは自覚しなければいけません。

インタビューに答える五箇先生

「人間は自然淘汰に逆らい、助け合うことで生き残ってきた。いじめや差別、優生思想などの多様性を否定する考え方は、まちがいなく人間社会を脆弱化させます」(写真=平野愛)

絶滅危惧種は環境が壊れているサイン

――生物多様性の話が、人間の利他性にまで広がるのは、とても新鮮な視点です。さまざまな生物を守ることは私たち人間にとって重要なポイントになるのですね。

五箇 大切なのは、「なぜ生きものが見えなくなったのか」という背景に目を向けること。姿を消したのは、その地域の環境が変わり、生態系が壊れてしまったから。その変化は必ずそこで暮らす自分の生活に跳ね返ってきます。

例えば、絶滅危惧種にしても「助けが必要な生きもの」としてではなく、環境が壊れていることを知らせるサインだと受け取るべきです。トキを例にすると、保護して数を増やすことはできる。でも、田んぼや湿地が失われたままでは野生では生きていけません。つまり大事なのは、トキが暮らしていた地域の生態系そのものを取り戻すことなんです。

その土地ごとの生態系が崩れるということは、そこで育まれてきた水や食べ物、景観や文化といった私たちの暮らしの基盤が揺らぐことでもある。だからこそ、生態系を守ることは決して自分たちから遠い話ではないんです。

生きものが暮らせる田んぼや湿地があってこそ、その姿は戻ってくる(写真=豊島正直)

――生物多様性は、動物愛護のように、いろんな思想や感情が入り乱れる、複雑なテーマでもあります。

五箇 そうですね。でもまず知ってほしいのは、多くの人が思っている共生と、自然界の共生はまったく別物だということです。 人間は「仲良く暮らすこと」を共生だと思いがちですが、自然界はそう甘くはありません。

自然の森の中では、弱った個体はすぐに捕食されるし、同じ種どうしでも縄張り争いがある。それぞれの種が生き残りをかけて互いに資源を奪い合い、ギリギリのところで均衡を保っている状態なんです。

そもそも人間に嫌われがちなゴキブリや蚊だって、分解者として物質を循環させたり、他の生きもののエサになったりと、生態系の中で重要な役割を担っている。 つまり、「いらない生きもの」なんてこの世界にはいないんです。好き嫌いとは関係なく、私たちはあらゆる生きものとつながりながら、同時にすみ分けをして生きていく。それが本当の自然共生なんです。

部屋の壁に飾られた五箇さんのイラストの画像

会議室の壁には、五箇さんがコンピューターグラフィックスで描いた昆虫の絵が並ぶ(写真=平野愛)

日本人が持つ自然の声を受け取る力

――人間が自然と共生することは時代とともに難しくなっている気がします。

五箇 都市化が進むにつれ、自然との距離はどうしても開いていきます。それでも日本には、世界でも珍しい虫を愛でる文化があります。鈴虫の音を聞いて風情を感じるなんて、日本人ならではの感覚ですよね。海外では虫の鳴き声を「ノイズ」と捉える国のほうが多数派なんですよ。

さらに興味深いのは、日本の自然に暮らす生きものは「穏健派」が多いという点です。日本固有の昆虫や小動物は、大陸産種と比べると攻撃性が低く、毒性もさほど強くありません。大陸の生きものは、熾烈な競争に勝って種を残すために、強い攻撃性や毒を必要として進化してきましたが、島国の日本でそうした性質を強めると、すぐに資源が枯渇して滅んでしまいます。

そのため日本では、資源を持続的に利用する穏やかな遺伝子や種が必然的に進化してきました。生きものの性質って、その土地の環境や歴史に根ざしているんですよね。

そしてこれは、人間にも通じる話で、天変地異の多い日本では、木や石といった自然の一つひとつにまで神を宿らせ、八百万(やおよろず)の神が集う国として、自然を畏れ、折り合いをつけながら暮らしてきました。この感性や自然との距離感は、生物多様性を考えるうえで、大きな強みになります。

田んぼとトンボの画像

トンボは、季節の風物詩として親しまれ、縁起物としても日本の文化に深く根づいている(写真=坂本博和)

――そんな日本人の感性を、今の暮らしの中でどう生かしていけばいいのでしょうか。

五箇 自然を身近に感じたいなら、まずは足元を見ることです。自分が住んでいる地域にどんな生きものが暮らしているのか、近所の公園でアリをじっと観察して絵にかいてみるだけでも、世界の見え方が変わりますよ。

何匹もいるのにけんかせず、まっすぐ一列に歩く。エサを見つけた瞬間に仲間を呼ぶ。彼らは小さな体で、驚くほど複雑な社会を作っています。こうした小さな発見は、とくに子どもにとっては大きな財産になります。自然との出会いも同じで、まずは面白い”“何だこれという気持ちから入っていい。それに身近であれば、毎日見に行くこともできる。

足元の自然を見つめることは、遺伝子から種、生態系、景観へと広がる生物多様性の世界を理解する最初の一歩です。小さな生きものとの出会いが、地域の自然環境や文化を“自分ごと”として感じるきっかけになるかもしれません。

脚注

  1. 国立研究開発法人 国立環境研究所。「今も未来も人びとが健やかに暮らせる環境をまもり、はぐくむための研究によって広く社会に貢献」することを目的に、国内外第一線の研究者が幅広い研究を続けている。1974年に前身となる「国立公害研究所」が発足、1990年に全面的に改組して「国立環境研究所」に改称した。

取材協力=国立開発研究法人 国立環境研究所 取材・文=濱田研吾 写真=平野愛、坂本博和、豊島正直、編集部 構成=編集部

記事の感想を送る