二日間、花摘み作業に集中!
「皆さん、今日はここ三水(さみず)までお越しいただきありがとうございます! 2日間、みっちり作業していただきますので頑張ってくださいね!」
2026年5月。アップルファームさみず代表の山下一樹さんの掛け声に対し、首都圏から結集したパルシステムの組合員15組34名は、受け入れの果樹生産者9組と対面、「よろしくお願いします!」と応えた。

アップルファームさみず代表の山下一樹さん(写真=豊島正直)
ここは、長野県飯綱町三水地域。標高500~550メートルに位置する丘陵地は昼夜の寒暖差が大きく、りんご栽培に適した「りんごの里」として知られる。
山下さんは、農薬や化学肥料を可能な限り減らしたりんご栽培を父から受け継ぎ、現在は23軒のりんご農家を束ねている。
そんな山下さんが近年、力を入れているのが、今年3年目を迎える「援農」のプログラム。春には摘花(てきか)作業、秋には収穫作業を行う。
「摘花とは、春に咲いた余分なりんごの花を摘み取る作業。これを行わないと甘味が凝縮したりんごはできないんです」と山下さん。

摘花はりんご栽培に欠かせない大切な作業(写真=豊島正直)
りんごの木は、ひとつの芽から5〜6輪ほどの花を咲かせる。すべての花に実をつけてしまうと、木は力を削がれてしまう。
それを防ぐために、早い段階でハサミや手を使って余分な花を間引き、中心花(ちゅうしんか)だけを残すことで、栄養を特定の優秀な花だけに集中させる。
目の前に広がるりんご園を前に、参加者たちの気が引き締まった。
「援農」が参加者一人一人にもたらす喜び
「りんごの花を、生まれて初めて見ました。小さくてかわいらしいですね。摘んでしまうのはかわいそうな気もするけど、選ばれし花に実をつけてもらうには避けられない作業。三水に来るまで、まったく知りませんでした」
夫婦で参加した女性は、見よう見まねで花を摘んでいく。しばらくはどの花を摘めばよいのかよくわからず、手が止まる。見かねた山下さんや生産者たちが、そっとアドバイスする。覚悟を決めてパチン。その繰り返しだ。

作業中は誰もが真剣そのもの(写真=豊島正直)
パートナーの男性は「毎日会社と自宅の往復の日々。コロナ禍ではリモートワークで家にこもっていた時期もあって、なんかいろいろ考えたんですよね。このまま妻との日常を年齢を重ねるまま惰性で過ごしていいのかな、って」と、援農プログラムに参加したきっかけを語った。
山下さんは、参加者の動機は人それぞれでいいと思っている。
「でも、暮らしと食べ物をつくる場所とが切り離されてる日常に違和感を感じられた、という方は多いですね。太陽に照らされながら、自然の音を聞きながら、目の前の作業に没頭することに、これまでにない独特な喜びを感じてらっしゃるんでしょうか」(山下さん)
女性は「摘花の作業って、写経みたいですね。一つ一つ集中すると、だんだんうまくなってきているような……気のせいかな?(笑)もし収穫に立ち会えたら、拝みながらいただいちゃいそう」と汗をぬぐった。

標高500~550メートルに位置する「りんごの里」(写真=豊島正直)
農業の「楽しくないところ」も知る
「これまでの“交流”とは異なる“援農”に取り組みたいな、とは実はずっと考えていたんです」と、山下さんは振り返る。
日本の農業生産地はどこも、高齢化と後継者不足で持続可能性が危ぶまれている。平均年齢は67.7歳(2026年時点)。実に70歳以上だけで過半数を占める事態だ注釈。
「ここ三水地域でも傾向は同じ。起伏の激しい山間地でもあり、条件的には平野部より厳しいかもしれません。代々守ってきた果樹園がほとんどなので、どうしても家族農業が中心になってしまう。そのため、ひとたび後継問題が生じると、そのまま耕作放棄地化してしまうケースも多いのです」(山下さん)
農業を絶やさないためには、もっと担い手の「手」が必要だ。そこで、思いついた解決策のひとつが「援農」だった。

援農プログラムの担当職員である田中(写真=豊島正直)
「山下さんが援農プログラムに積極的に協力してくださったのは、私たちにとっても“産直”を進化させるよいきっかけでした」と語るのは、パルシステムが取り組む援農プログラムの担当職員である、田中伸宙(パルシステム連合会交流推進課)。
これまで、消費者と生産者の間に「顔が見える関係」を作り出すため、パルシステムが取り組んできたのは「交流ツアー」だった。
田植えや農産物の収穫を体験し、産地の風土に触れながら、食と農の理解を高めていくツアー。現地を訪れるだけでなく、オンラインによる交流、料理教室などを含めれば、のべにして2万人近い参加者を数える注釈。
「ただ次第に“もっと農業の作業そのものに関わりたい”という声が寄せられるように。農業って決して楽しいことばかりではありません。気象条件や病害虫の発生などの影響で収穫できないことも。そんな“楽しくないところ”も含め、農業の本質を理解したい、と考えるかたが増えているように感じています」と田中は語る。

将来は農業支援の研究者をめざす高校2年生(写真右)(写真=豊島正直)
農作業の応援の先に見えるもの
34名の参加者のなかには、中高校生の姿も見られた。
高校2年生という男性は現在、通学する高校で「農業プロジェクト」に参加しているという。
「天候に左右されやすい農業は、経済効率性と相性が悪いな、ってずっと思ってて。でも安全でおいしくするために、誰がどうやって作ってくださっているのかを知ることで、消費者には安心感と信頼感が生まれるものですよね。現場を自分自身で知ることで、価格と品質のバランスをもっと考えたいんです」
同伴する母親とは、パルシステムの産地ツアーを通じて日本各地の産地を訪ねてきたが、次第に「もっと農業の本質を知りたくなった」という。援農プログラムへの参加は、学校での研究テーマの探求ともつながっているようだ。
「農業系の大学へ進学して、将来は農業支援の研究者になりたい」と、男性はりんごの花を見つめながら語った。

管理栄養士を夢見る中学3年生(撮影=豊島正直)
脚立に乘って摘花作業にいそしむ中学3年生の女性は、管理栄養士を夢見ている。「りんごアレルギー」に関心を持ち、その対策となる料理法が何かを考えている。
「アレルギー対策には、熱を加えたり、皮をむくのが有効らしいんです。それは、アレルギーの原因となるたんぱく質の状態や量が変化するから。それで、おいしいアップルパイを作りたいな、って!」
花摘みに精を出しつつ、担当の生産者にも積極的に声をかけ、笑い声が絶えない。
「いつもは地味な作業をずっと続けるだけだけど、こうして若い人が来てくださると、ぱーっと明るくなるねえ。きっとりんごも楽しいんじゃないかねえ(笑)」と、援農を受け入れた老練な女性生産者は笑った。

援農が行われる果樹園のあちこちで、休憩時間には食の作り手と食べ手の意見交換に花が咲いていた(写真=豊島正直)
援農を広げるアイデアはさまざま
はじめこそぎこちなかった参加者たちも、次第に手慣れてきて、作業も次第に円滑になっていく。
農園ごとの一体感も増してきて、休憩時間には日々の農作業のことなど、お茶を交わしながら話も弾む様を見ながら、パルシステム職員の田中は、援農プログラムの「これから」も考えていた。
「受け入れ側は、どうしてもそれまでの交流プログラムに慣れてきていたため、援農の参加者を“お客さん”とみて“おもてなし”をしてしまう傾向が、かつては一部の生産者にありました。簡単な作業だけやってもらおう、休憩をたくさん取ってもらおう、お茶やお菓子をお出ししなくては、と」
その課題は、山下さんたち生産者も同様に感じ始めていた。従来の産地ツアーとは異なる「意識改革」が、受け入れ側にも求められている――。
何度も会合をもち、パルシステムとも、生産者仲間とも「援農とはなにか?」について激論を交わした。次第に「やるべき作業を、いっしょにやり通す」現在のかたちへ落ち着いていった、という。
そんななか、田中にはひとつ、参考にしている取り組みがあった。
同じパルシステムグループの「パルシステム千葉」が、千葉県内の産地と消費者(組合員)をつなげようとする、援農プログラムの事例だ。

作業の告知・募集はSNSを使う(写真=編集部)
注目すべきは、その方法と内容。
パルシステム千葉で取り組まれている援農の募集は、SNSを使って行う。事前登録した希望者は、気に入った作業情報がタイムラインにあがれば、そのままエントリーする。定員(通常4~5名)がそろえば締め切り、希望者に通知される。
現在はトライアルのため登録者数は100名前後だが、2027年度には千葉県内の組合員に向けて登録を呼びかける計画だ。
「募集内容も、苗づくりから雑草取りなどの農作業だけでなく、収穫した青果を梱包する袋づくりなど、畑での作業に限らない細やかな雑務まで網羅しているのが先見的。私たちももっと、農産物作りの細部をみて、何が本当に必要なのか、探求していかないとですね」(田中)

田んぼや畑や果樹園での作業だけが援農ではない(写真提供=パルシステム千葉)
日本の食づくりをこれからも絶やさないために
アップルファームさみずでの、摘花作業に没頭した2日間は無事終わった。中高校生をはじめ、参加者全員が清々しい達成感を、山下さんはじめ生産者たちは、ともに摘み終えた安堵感に満ちた顔をみせた。
「秋の収穫の援農も再び訪れたいですね。農業は子育てに似てる、って生産者の方がおっしゃってましたが、その意味が今回、さらによくわかりました。手塩にかけた子の成長を見届けたいのは、どの親も同じですもの」と、2回目の参加を終えた女性は語った。
今秋、選び抜いて摘花された木から、はたして理想的なりんごはなっているのだろうか。その答え合わせの期待と緊張は、まさに「援農」ならではの喜びに違いない。
「これからは“食べ物を共に作ること”の大切さが、今までにも増していく時代になると思っています。農業は生産者だけの専売特許じゃない。共に作られたりんごや野菜や米が、共同農場を通じて世の中に出ていったら面白いじゃないですか。援農はその大切な入り口だと思っています」(山下さん)
交流から援農へ。いま、生産者と消費者が対等につながる場が増えようとしている。食べること、食べ物を作ることを、改めて自分のものとするために。日本の食作りをこれからも絶やさないために。私たちの一歩が期待されている。

二日間の援農プログラムが無事終わり記念撮影(写真=豊島正直)