「未知の世界へようこそ」。おむすび求めて47都道府県の旅へ
――さっそくですが、「旅するおむすび屋」というお名前。どんな活動をされているのか、由来が気になりました。
菅本香菜(以下、菅本) 「おむすび屋」と言いながら、お店はないし販売もしていないんです(笑)。
10年ほど前から、食べる楽しさや大切さを伝えたいという思いで食育ワークショップを各地で開いたのが「旅するおむすび屋」の始まりでした。
活動を重ねるうちに、地域によるおむすびの違いがものすごく面白いなと気がついて。日常的に食べる身近なものだからこそ、土地ごとの食材を無駄なく使う食の知恵が詰まっているんですよね。おむすびという存在を通して、日本の食文化の魅力も伝えられそうだと考えるようになったんです。

写真提供=菅本香菜さん
そうして全国各地を旅して、私自身もその土地のおむすびや郷土料理を教わりつつ、ワークショップでみんなでおむすびを結んで、地域の食文化や生産者さんの思いに触れられる場を作るようになりました。
料理をするのが初めてという小さい子どもも多いので、料理をする楽しさも完成したおむすびと一緒に持ち帰ってもらえているようです。

「旅で得た知見を生かして、おむすびのレシピ開発やケータリングなども行っています」(写真=豊島正直)
――その名のとおり、旅をしながら活動されているのですね。ご著書『日本のおむすび』も、「こんな食べ方があるなんて!」と、わくわくしながら拝読しました。
菅本 ありがとうございます。約3年間かけて全国を巡った旅の集大成です。最初はまだどこを訪ねるか決めないまま、SNS上で「47都道府県、おむすびの旅をします!」と宣言したんです。
そうしたら「あの名物おばあちゃんに会ってほしい」とか、「こんな生産者さんがいるよ」といった声をたくさん寄せていただいて。会いに行ったかたが、また別のかたを紹介してくださることも。その結果、めでたく47都道府県をすべて回れました。

『日本のおむすび 47都道府県を旅して見つけた毎日楽しめるレシピ94』(写真=豊島正直)
――自分の地域のおいしい食材や食文化を支える人を、知ってほしいというかたがたくさんいらっしゃるんですね。
菅本 はい、そのことを知れたのもまたうれしかったです。
青森県弘前市で津軽地方の郷土料理を未来につなぐ活動をしている皆さんを訪ねたとき、ある方が「未知の世界へようこそ」とおっしゃったんです。その言葉を聞いて、「同じ日本の中でもこれだけ知らない食の世界があり、地域ごとにその土地らしい違いがあるということはなんて豊かなのだろう」とグッときてしまいました。

弘前市で津軽の伝承料理をつなぐ活動をする「津軽あかつきの会」の皆さんと(写真提供=菅本香菜さん)
実際そのときは、かつて貴重だった砂糖の代わりに特産のりんごをすりおろして甘みを加えた「ばっけ(フキノトウ)味噌」を使ったおむすびや、サメ肉を使った料理など、まさにこの土地ならではの「未知の世界」を味わうことができました。
同時に、これらをきちんと記録に残して伝えることが、日本の食を未来につないでいくことになるのだ、と教えていただいた気がしました。

たらと梅の炊き込みおにぎり。梅干しで魚の臭みを消して甘みを引き出す知恵は、瀬戸内海・直島のばぁばに教わった(写真=豊島正直)
みんなで作って、みんなで食べて。おむすびは人も結ぶ
――もともとは、なぜおむすびに注目されたのですか?
菅本 社会人になって地域の食に携わる仕事をする中で、自分たちの命を支えてくれている存在に改めて気づかされたんですよね。食材そのもの、そしてそれを育ててくれるかたがた……「これだけたくさんの命が食卓の向こうにはあったんだ」と。
仕事でとある海苔漁師さんを訪れた際に、そのかたのお母様がおむすびを出してくださったんです。出来立ての海苔、自分たちで育てたお米、自家製の梅干し、それから地元の塩で結んだおむすび。それをみんなで頂いたとき、「あ、おむすびってご馳走だったんだな」と、とても感動して。おむすびを通してなら、自分が伝えたい「食の大切さ」を届けられるんじゃないかと思った一つのきっかけでした。

写真=豊島正直
――すばらしい体験でしたね。書籍中でも、地元の皆さんとおむすびを召し上がっている様子が印象的でした。
菅本 私が初めて行く土地でも、地元のかたが「おむすびあるよ」ってご近所さんに声をかけてくれたら、自然と人が集まってくるんですよね。
子どもからお年寄りまでだれでも気軽に楽しめるという感覚になれるのもおむすびの魅力というか、そういう意味でもやっぱりいい食べ物だなぁと思います。

岡山県にて。地元に暮らす人々を招いて、鶏おこわのおむすびをふるまった(写真=豊島正直)
食卓って「だれかと一緒にごはんを食べる」ことが大切な場でもあるんですよね。
実は私は中高生時代に摂食障害を経験したことがあるんです。中学2年生で体型が変化して、いろんな悩みも周りに話せないという時期に、はやりに乗って始めた「夕方5時以降に食べないダイエット」が発端でした。
帰宅部だったので、まだ家族がだれもいない時間帯に独りで食事をすることを続けていて。どんどん食べる行為が怖くて食べられなくなって、でも家族はその変化にすぐには気がつけず……結果的に症状が悪化してしまいました。

写真=豊島正直
あのときは「食べること」が世の中からなくなれば楽なのにと、とても苦しみました。でも克服できたら食べるってこんなに幸せなんだと気づけて、今ではむしろ「食べること」に救われたと思っています。
「『おいしい』がたくさんあるって豊かなこと」
――「食べること」に苦しんだ経験や、各地での出会いが、今の活動につながっているのですね。
菅本 「食べる」って毎日のことだから、つい当たり前になりがちですよね。でもだからこそ、毎日の食べる時間を少しずつ豊かにすることが、人生全体を豊かにすることにつながる。私は過去に食べられなくて苦しんだ経験があったから、そのことに気がつきやすかったんだと思います。
皆さんには「食べることは大切なんだ」と説教じみた感じで言うのではなく、楽しく食に触れながらその価値を感じていただく。そのような機会を一つでも多く作っていけたらと考えています。
――楽しみながら食の価値を実感できるって、子どもにとっても大人にとっても大切なことですね。そのためにどんな工夫をされていますか?
菅本 「旅するおむすび屋」のワークショップでは、「こんなおむすびを作ってください」といった“正解”を提示することはあまりないんです。地域にゆかりのある食材や料理を具材として用意し、そこから参加者が自由に組み合わせて、自分らしいその地域のおむすびを作っていただくことが多いです。

写真提供=菅本香菜さん
その場に食材の生産者さんや昔ながらの食べ方を知っているかたがいたら、「こうやって食べていたよ」と食材の生かし方や郷土の知恵を教えていただく機会にもなります。
逆に、何も固定観念がない子どもは意外な食材の使い方や組み合わせをしていたり、「あ、そんな形に握るんだ」と驚かされたり。みんなで一緒に発見していくような時間にしていますね。
――何だか、とってもクリエイティブです!
菅本 そうなんです! そういえば取材で熊本県の海苔漁師さんを訪ねたとき、全国のどこの海苔かを当てる“利き海苔”をしていただきました。そのまま各地の海苔の特徴を教わっていると「どこかの海苔がいちばんおいしいと思われるような伝え方はしないでください」と言われたんです。

写真=豊島正直
また別の時に、宮城県の漁師さんも「『おいしい』がたくさんあったほうが豊かだよね」と話されて。どこがいちばんよくてほかがダメというのではなく、それぞれの地形や海の違いからそれぞれのおいしさができている。だから「『おいしい』はたくさんある」ということをみんなに知ってもらうのがいいよね、と。そのとき教えていただいた感覚は、おむすびにも通じると思っています。
おむすびは奥が深い、懐が深い、そして沼も深い
――この先、伝えたいことや実現させたいことなどはありますか?
菅本 全国47都道府県を一通り回ったら満足するだろうと思っていたんですけど、そんなことは全くなく、「また違う季節に行きたい」「もっと教わりたい」と飽き足らず(笑)。おむすびの旅はもちろん続けていきたいです。

旅して出会ったおむすびの一つ。薄くてやわらかい若生(わかおい)昆布で温かいご飯を包んだ、青森県の「わかよまま」(写真提供=菅本香菜さん)
こんなに求めてしまうのは、それぞれの生産現場や郷土料理に触れることが私にとって「命が喜んでいる」という感覚になる食の体験だったからだと思います。それが積み重なると、日々の食卓で感じる豊かさも自然と少しずつ変わっていくのですよね。皆さんにもそんな「自分の命が喜ぶような食の体験」をこれからもお届けしていきたいですし、産地に一緒に行けるような機会も増やしていけたらいいなと思っていますね。
そうして各地の生産者のかたがたとつながると、環境問題や自然の変化への目の向け方も変わると思います。私も実際に田んぼが干上がっているところを見せていただいたり、あの海の海水温が下がらないから海苔が育たないと教わったりしました。すると、あって当たり前の食べ物がなくなるということが、自分のあるいは次世代の命に直結しているのだと“自分事”として実感できました。

写真提供=菅本香菜さん
それから、書籍化の際に文章と写真だけでは伝え切れなかった、おばあちゃんたちのちょっとした仕草や方言。そういうところにもすごく大事なものが詰まっていると感じています。なので、映像などでも残して伝えていくことを始めているところです。
――おむすびを深めると、さらに世界が広がりそうですね。
菅本 どこまでも広がりがあるというか、おむすびの“懐の深さ”にずっと驚き続けている気がします。あの包容力といいますかね……何でも包んでくれるので、海外の食材との組み合わせも面白そうだなと思っていますし。
日本国内にも、まだまだ私が知らないおむすびが絶対にあるはずなので、今まで見つけたものだけでなく、どんどん探して、そして新たに生み出していきたいです。おむすびの沼にはたぶん底がないっていうのが結論だなと。

写真=豊島正直
――その沼に足を入れてみたくなってきました!
菅本 ぜひ皆さん、仲間になりましょう!!