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写真=斎木三佳子

「“母の力”が未来をつくる」―セヴァンと考える、世界を変えるくらし方(前編)

  • 環境と平和

「どうやってなおすのかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください」。22年前、リオデジャネイロで開催された国連「地球サミット」での「伝説のスピーチ」で知られるカナダの環境活動家・セヴァン・スズキさんが、6年ぶりに来日。全国ツアー「Love is the Movement!」の最終日となる2月25日、環境運動家の辻信一さんとともにパルシステムにやってきました。

広がる格差やエネルギーの過剰消費による環境問題など、未来への不安が多い今。けれど、セヴァンさんは、草の根的に広がっている持続可能な社会づくりや脱原発、脱成長運動など、ツアーで見つけた「変化の兆し」をいきいきと語ってくれました。「すべての人にとって大切なのは未来のこと」「"母性"の力で未来をつくっていきましょう」。会場を埋めた150名の参加者に勇気を与えたセヴァンさんのメッセージを、ご紹介します。

「一部の巨大企業の欲望によって、民主主義が骨抜きに」

 今、世界は大きな転機を迎えています。まず、どんな保守的な政府でも否定できないほど、大変な気候変動の時代に入っている。地球の温度があと2℃上がってしまったら、もう取り返しがつかないといわれています。

 ところが、今の世界各国のエネルギー政策のあり方は、私たちの子どもたち、さらに未来の世代にとって希望をもてるものとはとても思えません。

 たとえば、私の国、カナダは世界最大の化石燃料埋蔵国ですが、いまや巨大なエネルギー産業が完全に政府をコントロールし、政府自ら、「岩石の中にあるタールを使って”世界のエネルギースーパーパワー”になる」と息巻いている。科学者たちが、「カナダがすべてのタールの産業化に成功すれば、温暖化と気候変動によって、地球は人類の住める場所ではなくなってしまうだろう」と警告していますが、聞く耳持たずです。

カナダでは、タールサンド(オイルサンド)とよばれる原油を含んだが砂岩が大量に埋蔵されており、大規模な露天掘りによる環境破壊が問題となっている(画像提供=©Greenpeace / EM)

「福島の問題も、カナダの問題も、この世界に住む私たちの問題」

 一部の人々が化石燃料によって利益を上げ、経済成長を続けていく。これはカナダだけの問題ではありません。

 アメリカの「ウォルマート」という巨大スーパーは、年間の売上が世界25位の国のGDPに匹敵します。巨大な富と力をもつ企業ですが、選挙で国民から選ばれたわけではなく、世界中の市民に対して何ひとつ責任を負っていない。その彼らの「より裕福に」という欲望によって人々の声がかき消され、民主主義が骨抜きにされている。それは、世界全体で起こっていることです。

 私は今回、カナダで起きているのと同様のことが日本でも起きていることを学びました。エネルギー産業を中心に、大企業がますます政治や政府の行動を左右するようになってきている。原発の問題についても、多くの人々が強く反対の意思を示しているのを無視する形で、政府はそれとはまったく別の論理で動いているように見えます。

 ツアーで訪れた九州では、3.11後に東北から移住してきた家族や、原発のない世界を求めて写真家の亀山ののこさんらが始めた「100人の母たち」という運動、福島の汚染の経過や現状、子どもたちに病気が増えている現実を学びました。福島の問題も、カナダの問題も、決してそこに住む人たちだけの問題ではなく、この世界に住む私たちすべての問題なのです。

「無力化する政治とは対照的に、草の根レベルでは新しい流れが!」

 政治的な権力は、人々の意思を代表するという意味ではまったく機能しなくなっていますが、そうした権力の動きとは対照的に、各国の草の根レベルではまったく違う流れが起きていることを私は感じています。市町村などの小さな共同体のレベルでは、真に人間的な政治を志向する新しいリーダーたち、人間らしい生き方を模索する人々やコミュニティ、団体が続々と誕生しています。

 たとえば、イギリス・ブリストルの市長が自らの給料をすべて地域通貨で得ていたり、ブラジルの多くの地方銀行が地域通貨を扱うようになったりと、地域内でしっかりと自立した経済活動が営まれることをめざして、地域通貨を活用する例が増えています。

 また、私の生まれ育ったバンクーバーでは、今、若者たちの間で都市農業が「一番かっこいい仕事」としてブームになっていますが、こうした運動を作り出したのもやはり市長です。

都市農業の持続可能性を高めるために活動するバンクーバーの非営利団体(画像提供=©Vancouver Urban Farming Society

「日本でも、たくさんのすばらしい運動との出会いがありました」

 もちろん、日本にもたくさんのすばらしい運動があります。とくに「食」を巡っていろいろなおもしろいことが始まっています。

 すばらしい食文化を伝統にもつ日本だからこそなのでしょう。自分が食べるものがどこからやってきて、どのように作られているかについて、人々が高い関心をもっている。生産技術の水準は世界でも突出しているし、消費者レベルでも、パルシステムのような生活協同組合があって、自分が食べるものと直接的につながること、生産者と直接つながることを大事にしている。

セヴァンが訪ねた「トランジションタウン浜松」は、持続可能な地域づくりやくらし方をめざしている。さまざまな世代の人々が活動しているが、なかでも子育て中のお母さんたちがとても元気

 日本のいたるところで始まっている新しいコミュニティづくりの運動も刺激的です。たとえば、食もエネルギーも自立していこうという「トランジション・タウン運動」を実践する浜松の市民たち。それに、地域のために市民の協同の力で作られたという、名古屋の「南生協病院」。さらには、経済成長一辺倒の考え方からの脱却をはかる「ダウンシフターズ」という新しい言葉など、自分たちのくらしを変えていこう、個人の幸せとコミュニティの幸せが一体となるコミュニティを自分たちの手で作っていこうと、意気に燃える人々との出会いにとても励まされました。

セヴァンが「いちばんハッピーな病院!」と話す、名古屋の南生協病院。地域住民に必要な医療を受けられるようにと、市民の協同の力で作った「医療生協」が運営する

「”母”の力が、世界に調和を取り戻すはずです」

 日本でさまざまな運動を展開する団体や個人と出会ううちに気づいたことがあります。そうした動きの中心にいるのが、ほとんど女性たちであることです。これは、昔から多くの文化で、女性が家族を大切にし、家族の世話をする役割を担ってきたことを思えば当然のことかもしれません。

 私は、「母」という概念、考え方が、これからの日本の、世界の未来を大きく変えるのではないかと希望をもっています。今、私たちは大きなうねりが起こる最初のところにいますが、「母」の台頭は、そのひとつの兆しではないでしょうか。

 「母」という言葉が包むのは、いのちを与える力、育む力、すべてを抱擁する力。これまで経済成長主導の世界ではそれらは意味のない、価値のないものとして忘れ去られ、その結果として世界はバランスを崩してしまいましたが、これからは、「母」がこのバランスを取り戻し、同時に、原発というものを語ってきたこれまでの言語、語り方を変え得る力をもつと思うのです。

 日本は原子力に関して、たいへん複雑な歴史をもっています。広島や長崎での被爆体験。世界有数の原発大国への歩み。そして福島で起きた事故。

 そうした歴史を経て今、日本のお母さんたちは、はっきりと主張します。

 「もう充分!誰が何と言おうと、私たちは私たちの子どもたちを守る。だから、原発はNO!」。なんと力強い物語でしょう。

通訳を務めたのは環境運動家の辻信一さん(写真右)。セヴァンといっしょに全国を回り、社会やくらしをつくりなおしていくために、地球や未来世代に「愛を注ごう」と呼びかけました

「私も日本の運動の一部でありたい。みなさんも、カナダの問題に力を!」

 世界中で国レベルの政治は無力化しています。つまり、人々をリードする、代表する、導く力を失っている。だから、今こそ民主主義を私たちの手で作り直していく必要があります。

 原発の危険性に、世界の現状を憂慮するたくさんのお母さん、お父さんがいる。私も、日本の原発を巡る物語が生み出したこの「母」たちの運動の一部でありたいと願います。そして、この機を乗り越えていこうとするみなさんの努力に私も参加し、サポートしていきたい。そして、次はみなさんにも、カナダの問題を解決するための力を貸していただきたいのです。

 グローバル化した経済の最大の目的は、大企業の利益を最大にすることです。けれど、今私たちに必要なのは、人間を人間と定義づけるような本質的なものを社会の中心に置き直すことではないでしょうか。

 この考え方を基本に、どう具体的に行動していくか。どう政治の場面に反映させていくか。私たちの輪をどんどん広げていきましょう。

取材協力/ナマケモノ倶楽部 通訳/辻信一 取材・文/高山ゆみこ 撮影/斎木三佳子 構成/編集部