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株式会社まるや八丁味噌の外観

写真=深澤慎平

GI(地理的表示)保護制度における「八丁味噌」をめぐる問題に新展開。わたしたちの声は国に届くのか?

  • 食と農

江戸時代から「八丁味噌」を造り続けてきた岡崎の老舗2社が、八丁味噌を名乗れなくなる事態に直面している。GI(地理的表示)保護制度により、「八丁味噌」の定義が変えられてしまった。実情を知れば、納得できないことばかり。2社を応援する7万筆以上の署名と声が国に届いたのか、農林水産省が2社の主張を棄却すべきという裁決案に「待った!」がかかった。その報告とさらなる問題提起が行われた2019年11月「しあわせの経済」国際フォーラム2019(※1)のトークセッションをのぞいてみた。

※1:「しあわせの経済」国際フォーラム2019

老舗を排除するGI登録は、本末転倒!?

 「しあわせの経済」国際フォーラム2019で、作家・島村菜津さん、「本場の本物ブランド推進機構」(※2)事務局長・二瓶徹さん、株式会社まるや八丁味噌代表取締役・浅井信太郎さんによるトークセッションが行われた。

トークセッションの会場のようす

トークセッションの会場のようす。パルシステム生活協同組合連合会広報本部長 高橋宏通さん(写真左)が司会を務めた(写真=斎藤泉)

 「400年近くの歴史を持つ老舗が、『八丁味噌』という名前を手放さざるを得ないなんて、許されることではありません」。セッションの冒頭、島村さんは、強い口調で口火を切った。

マイクを持って話す、島村菜津さん

ノンフィクション作家の島村菜津さん(写真右)(写真=斎藤泉)

 国内外の食の現場で取材を続ける島村さんが憤るのは、農水省の「GI(地理的表示)保護制度(以下GI制度)」のもとで起きている「八丁味噌」をめぐる問題。江戸時代初期から続く老舗が、GI登録の対象外になるという、耳を疑う状況は2018年に「KOKOCARA」でも紹介。大きな反響を呼んだ。

 「GI制度は、地域由来の食やその作り手を保護するという目的で作られたはずなのに、ずっと八丁味噌の伝統を守り続けてきたこの2社が排除された形になるなんて、本末転倒と言わざるを得ません」(島村さん)

参考記事:このままでは「八丁味噌」を名乗れなくなる!? 地理的表示(GI)は、地域の伝統食を守れるのか?(KOKOCARA)

※2:「本場の本物」

地域の風土が「八丁味噌」を作る

 その老舗とは、「株式会社まるや八丁味噌(以下、まるや)」と「合資会社八丁味噌(以下、カクキュー)」。まるやの浅井信太郎さんは話す。

発言する浅井信太郎さん

株式会社まるや八丁味噌 代表取締役社長の浅井信太郎さん(写真=斎藤泉)

 「わたしどもは、大量生産や効率化も否定はしません。けれど、愛知県全域にまで生産地を広げ、しかも、ステンレスのタンクを使ったり1年も熟成させないで仕上げたりした味噌を、どうして同じ八丁味噌と呼ぶことができるでしょうか」(浅井さん)

 「八丁味噌の風味や味わいは、八帖町特有の地形や気候、微生物と切っても切れないものなんです」と浅井さんは切実な表情で訴える。

味噌桶が並ぶ、まるやの味噌蔵。桶を見上げる浅井さん

まるやの味噌蔵に並ぶ味噌おけ。約6トン仕込める木おけの上には、約3トン分の重しが積まれている(写真=深澤慎平)

市民の署名や拡散によって、新たな展開が

 19年2月の日本とEU間の経済連携協定発効と同時に、岡崎の2社が「八丁味噌」という名称で輸出することをいつ禁じられてもおかしくない状況になっている。さらに同日、「改正地理的表示保護法」が施行され、国内においても「八丁味噌」と表示できる期限が「2026年まで」と決められてしまった(※3)。

升に盛った八丁味噌

手間と時間をかけて造られた八丁味噌の味わいは、八帖町特有の地形や気候、この地域にすみつく微生物と深く関係している(写真=川津貴信)

 そんな2社に朗報が届いたのは、2019年9月のこと。

 農水大臣(審査庁)によって一度は「棄却すべき」とされていた2社の「不服申立て(※4)」に対し、改めて行政不服審査会(総務省に設置された第三者委員会)から、「審査庁の、棄却すべきだという判断は、現時点では妥当とはいえない」という答申が出されたのだ。

 つまり、2社の申立てに耳を貸さない農水省に、総務省が「待った」をかけたことになる。

 この動きについて、「民間が行政に対して申立てを行っても通らないことがほとんど。今回は極めて異例なケースです」と二瓶さん。浅井さんも二瓶さんも、「これは、間違いなく市民や消費者の働きかけによるもの」と声を合わせる。

 市民や消費者の働きかけとは、例えば、「岡崎の伝統を未来につなぐ会」(※5)が呼びかけた登録見直しを求める署名。当初1万筆程度と見込んでいた署名数は、ふたを開けてみると、市内外から7万筆を超えて集まったという。また、2社の八丁味噌を取り扱う生協パルシステムも、この問題について繰り返し発信。多くの組合員から、「伝統の八丁味噌を守るべきだ」「本物を選ぶことができないのは困る」といった声が寄せられた。

仕込みや石積みのようすを人形で再現した展示物

カクキューの史料館では、伝統的な八丁味噌造りを分かりやすく展示している(写真=深澤慎平)

 「誤解を招くような表示で不利益を被るのは、消費者。生協のカタログやKOKOCARAを含むさまざまなメディアで取り上げられたおかげで、この問題が広く共有された。Twitterなどで拡散されたことも大きな力になりました」(二瓶さん)

「本場の本物ブランド推進機構」事務局長の二瓶徹さんが語っているところ

「本場の本物ブランド推進機構」事務局長の二瓶徹さん(写真=斎藤泉)

 総務省の答申に法的な拘束力はない。最終的な判断は農水省にゆだねられているので、楽観視はできない状況だ。それでも浅井さんは、「これは意義ある大きな一歩だと思います」と声を弾ませる。

笑顔で話す浅井信太郎さん

(写真=斎藤泉)

※3:「日EU・EPA(GI分野)の概要」

※4:行政庁の処分などによって不利益を受けた国民が不服を申し立て、これを行政庁が審査すること。老舗2社は、農水省に対し、「農水省は八丁味噌の品質や文化を守ろうとしない」「製法・品質があまりにかけ離れた味噌と一緒にされてしまうと消費者は混乱に陥る」「地域に根ざした文化を壊すのは国家的な損失」と訴えた。

※5:岡崎市内4大学の学長をはじめとする市民有志の組織

問題の背景にある、食のグローバル化

 地域食品の輸出やブランド戦略について詳しい二瓶さんは、農水省が生産地を愛知県とする「八丁味噌」をGI登録したことについて、こう推察しているという。

 「背景には、輸出促進したいという国の思惑もあるのではないでしょうか。輸出を伸ばすためには、たくさんの量が必要になる。産地を広げれば、当然、生産量は増えますからね」

二瓶徹さんが話しているところ

(写真=斎藤泉)

 島村さんも、「できるだけ安く原料を調達し、できるだけ早く加工するというやり方が、世界的に食生産の主流になっています。その流れと対極にあるのが、その土地土地の環境や風土と結びついてはぐくまれてきた伝統食や地場の産業。それらが、グローバリゼーションによって駆逐されつつあるという構造的な問題に、八丁味噌の老舗も巻き込まれたということでしょうか」と続ける。

島村奈津子さんが話しているところ

(写真=斎藤泉)

 同じような事例として、島村さんが挙げたのが、イタリア北部、エミリア・ロマーニャ州のモデナ地区とレッジョ・エミリア地区で造られているバルサミコ酢だ。

 もともとバルサミコ酢は、鉄がまで煮詰めたぶどう果汁を、1年ごとに水分の蒸発に合わせて小さなたるに詰め替え、12年以上という気の遠くなるような歳月を費やして造られている。

 ところが、1980年代に、煮詰めたぶどう果汁にワインビネガーを加える製法が登場。こちらは、たるの移し替えがなく、熟成期間も圧倒的に短い。中には、コクや風味、保存性を高めるために、添加物が使われているものもあるそうだ。

 「コクも風味も手間も全くの別物が、ある時期から同じ『バルサミコ酢』の名称で流通するようになったのです。もっともイタリアでは、バルサミコ酢という名称を本物が名乗れなくなるなどという事態は起こりません。ただ、同じ名称では混乱を招くと、その後、本来のバルサミコ酢に『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ(伝統的な)』という名称を使うことで、製法の違う熟成年数の若い『アチェート・バルサミコ』とは区別されています」

レベル分けのない日本のGI制度の限界

 二瓶さんは、GI制度が目指そうとしている地域食品のブランド化には、金、銀、銅のように基準をいくつか設けることが不可欠と言う。「量が少なく高額な“金”だけでは認知度を上げにくいので、少し基準を緩めた“銀”や“銅”も用意する。その代わり、3つは明確に区分する。いい意味でレベル分けするということです」

 例えば「美食の国」と呼ばれるフランスのワインは、地理的表示「A.O.C.」(※6)、「I.G.P.」(※7)と、地理的表示のない「Vin」という3つのカテゴリーに分かれるそうだ。

赤、ロゼ、白ワインが注がれたグラス

(写真=NaumenkoOS / PIXTA)

 A.O.C.とは、「原産地統制呼称制度」の訳で、生産地、品種、アルコール度数、栽培法、醸造法、熟成法などに厳密な基準が設けられ、原産地固有の特徴がより明確なものについて呼称の利用が認められる。一方、I.G.P.のほうは「地理的表示保護」と訳され、畑まで細分化されているA.O.C.に比べ、保護している区分けが広く、規定も緩いという。

ワインの品質基準を三角形で表した図。三角形の下から順に「地理的表示のないワイン」、「I.G.P.(地理的表示保護ワイン)」、EU新ワイン法の「A.O.P.」にあたる「A.O.C.(原産地統制呼称ワイン)」となる

フランスにおけるワインの地理的表示制度の考え方

 「フランスの美食は、このように細かく規定された各種の認証制度によって支えられています。その点、日本のGI制度は、基準が1つしか設けられていないことが課題です」と二瓶さんは指摘したうえで、続ける。

 「現時点では、銀の中に、金も銅も混ぜてしまっているという印象ですね。これでは消費者が希望に沿った選択をすることができず、結果的に、表示そのものの信頼を損なうことになりかねません。地域固有の食文化がはぐくまれてきたという意味でフランスと類似点の多い日本は、フランスのブランド戦略に学ぶべきではないでしょうか」(二瓶さん)

GI保護制度のマーク

GIマーク(画像=農林水産省提供)

※6:Appellation d’Origine Contrôléeの略称

※7:Indication Géograghique Protégéeの略称

「八丁味噌ここにあり」と声を上げよう!

 創業以来の危機を迎えながら、なお「他の生産者を誹謗中傷するような争いはしたくない」と話す浅井さん。その表情は、どこか清々しい。

 「長い歴史の中では、いろいろな困難もありました。国の政策の中でおぼれてしまいそうになったことも一度や二度ではありません。それでも、先人たちは必死に八丁味噌の品質を守り通した。それは、東海道を挟んで北と南にいる2社が、よきライバルとして腕を磨き合ってきたからです。過去先祖たちがしてきたように、これからも我々は粛々と伝統的な製法で八丁味噌を造り続けていく。それが私どもの闘い方だと思っています」

江戸時代の岡崎城と八丁村を記した地図

カクキューの史料館に展示されているイラスト。岡崎城と八丁村(現・八帖町)の距離は8丁(約870m)(写真=深澤慎平)

 浅井さんの言葉に深くうなずきながら、「和食が無形文化遺産に登録され、注目されていることは喜ばしいことですが、本当に日本の食を世界にアピールしたいのなら、まずは食生産の現場で何が起きているのか関心を持っていただきたい。厳しい競争の中でも利潤や効率ばかりを重視せず、よい物作りに真摯に取り組んでいる作り手たちを、しっかり支えていかなければならない」と島村さん。「これは八丁味噌だけではなく、すべてのローカルフードに共通する課題。ひいては、わたしたち自身の暮らし方や社会の在り方にも通じる問題です」と表情を引き締める。

 「食が世界規模になることで利益を得るのが大企業ばかりでは食文化は育ちません。グローバリズムによる伝統食の衰退に対抗する道は、わたしたち消費者が手をつないで本物の情報を共有すること。地域に根ざした食や文化を次世代に手渡していく第一歩として、『八丁味噌ここにあり』ということを、みんなで発信していきましょう」(島村さん)

※本記事は、2019年11月10日に明治学院大学横浜キャンパスで行われた「しあわせの経済」国際フォーラム2019のトークイベント 「本物のローカルフードを守れ!」を基に構成しました。

取材・文=高山ゆみこ 写真=斎藤泉 構成=編集部