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TPPの正体を、見誤るな!狙われる私たちのくらし―元農林水産大臣・山田正彦さん

  • 暮らしと社会

2014年4月のオバマ米大統領来日の前後、「大筋合意に至るか」と注目されたTPP。合意には至らなかったものの、政府は妥結に向けた歩みを着々と進めようとしています。農産物の関税さえクリアされればよいかのような報道もありますが、TPPでは医療、雇用、保険、教育、知的財産など、私たちのくらしに直結するさまざまなテーマにおいて、貿易の妨げとなる「障壁」が取り払われようとされています。「秘密交渉」とされ、内容が明かされないTPP。その本当の中身を、私たちは知らないままでよいのでしょうか?

TPPは農業だけの問題ではない!

 TPP交渉が大筋合意するための「焦点」として盛んに報道されているのは、農産品の関税を巡る攻防。重要5項目と言われる日本の米、麦、砂糖、豚肉、牛肉について「関税撤廃」を強く要求する米国に対し、国内農業に配慮してそれを拒否する日本という構図で語られることが多いようです。

 これに対し、「TPPによって影響を受けるのは決して農業だけではありません。医療、雇用、教育、食の安全…など、私たちの社会やくらし全般が、まったく変わってしまいかねない。日本にとっては『百害あって一利なし』の協定です」と断言するのは、元農林水産大臣で弁護士の山田正彦さん。TPPについてずっとその危険性を訴えてきた山田さんは、「安倍政権は、TPPや自由貿易の推進で輸出が伸び、10年間でGDPが3兆2000億円増え、一方、安い食品が輸入できて暮らしは楽になると説明していますが、この試算はまったくでたらめです」と言います。

「TPPは百害あって一利なし」と訴える、元農林水産大臣の山田正彦さん

 山田さんによれば、政府の試算には、関連産業や雇用への影響がまったく考慮されていないのだとか。そうした影響も含めた研究者団体(「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」)の試算では、GDPは4兆8000億円減少し、190万人の雇用が失われる、という政府の見解とは真逆の結果が出ているそうです。

 「しかも、政府の試算は為替も失業率も変動しないことが前提になっているのです。実際にそんなことはあり得ない。つまり、TPPによって、経済的にも豊かになることはありません」

TPPより恐ろしい「日米並行協議」

 山田さんが「TPPよりも恐ろしい」と懸念しているのは、日米間の並行協議。これは、TPP交渉を進めやすくするために、貿易の障害となることが予想される事案について、あらかじめ日米の二国間で協議をするというものです。問題なのは、もしTPPがとん挫するようなことになっても、二国間協議で決まったことは覆らないとされていること。

 「たとえば『雇用』の分野。現在、日本では労働者の約4割が非正規雇用で、その平均年収は168万円にまで落ち込んでいますが、並行協議では、派遣労働をさらに強化していくことは明らか。米国は日本に対し、解雇規制を緩和して、再就職のための支援金と引き換えにいつでも解雇できるようにしろとまで言ってきているのです」(山田さん)

 また「医療」の分野では、米国は、新しい治療法や新薬を公的な健康保険の対象外とする混合診療の全面解禁を要求。これは、米企業が特許を有する薬や医療機器を保険適用外として高額で販売することを狙ってのもの、という見方も。これでは、医学の進歩によって登場する高度な先進医療は、限られたお金持ちしか受けられないという医療格差が生み出されてしまいます。

TPPには医薬品、特許、医療に関する条項が含まれており、国民の健康や医療に大きな影響を及ぼす可能性がある

 さらに「教育」の分野にもビジネスを持ち込み、公立学校の運営を民間に委託するという動きも…。「すでに『国家戦略特別区域(戦略特区)』で、雇用や医療、教育などに関するさまざまな規制緩和が行われようとしています。これも、まさに米国の要求を通しやすくするための地固めと言えるものです」と山田さんは表情を曇らせます。

 「食」の分野でも、アメリカ産牛肉に使用されている成長ホルモン剤、遺伝子組換えの拡大など、安全性を揺るがす懸念がたくさんあると山田さんは指摘します。

「国家戦略特区」の名のもと、教育、医療、雇用などの規制緩和が進む。企業の利益になっても、国民のくらしや人権は軽視されかねない

マスコミが報じない、アメリカ国内の情勢とは?

 ところで、日本のメディアがあまり報じないことのひとつに、TPPに関する米国内の反応があります。「2月に行われた米国の世論調査では、国民の3分の2がTPPに反対という結果が出ています」と語るのは、米国で消費者の権利を守るために活動する市民団体「パブリック・シチズン」のローリー・ワラックさんです。

パブリック・シチズンのローリー・ワラックさんは、「我々のアジアの同盟国は、本当にTPPの実態を理解しているのか? アメリカでも反対されていることを知っているのか?」と問う(4月21日 衆議院第一議員会館「剣が峰のTPP・緊急集会」にて)

 米国民がTPPに反対するのは、1994年に米国、メキシコ、カナダ間で締結された自由貿易交渉の原型ともいえる「北米自由貿易協定(NAFTA)」での痛い経験から。

 NAFTAの締結によって、米国から800万トンという膨大な量のとうもろこしが流入したメキシコでは300万戸の農家が廃業。約2000万人ものメキシコ人が米国に移住してきたのです。一方、安い賃金を求め、この20年間に4万2000の工場がメキシコに移転。米国の製造業は空洞化し、実質の失業率も20%を超えるまでになってしまいました。この結果に米国民も、自由貿易に対する不信感と危機感を募らせているのです。

 「TPPの締結でもたらされようとしているのも、まさに同じ構図です。米国の人々は、アジアの安い労働力の流入や工場のアジア移転で雇用が奪われ、生活がさらに苦しくなることを心配しています。そうした国民の声を受けてか、今は議会も反対の姿勢を示しているのです」とワラックさん。

 さらに注目したいのは、米議会までもがTPPに強い反感を抱き、オバマ大統領に貿易促進権限(TPA)を与えようとしていないこと。米国では外交交渉の権限は連邦議会にあり、この貿易促進権限(TPA)が与えられない限り、大統領は交渉における決定権を持ちません。2013年末には、与党である民主党下院議員201名のうち151名が、TPAをオバマ大統領に与えることに反対を表明しているのです。

2013年11月、米議会の民主党下院議員151名がオバマ大統領宛てにTPP反対書簡を提出した(写真:山田正彦さんが入手した資料より)

未来の自由な決断を拘束する協定を、結んではならない!

 TPPがもたらすグローバリズムの進行が、各国の政府がアピールするように、国民全体のくらしを豊かにするものではないこと、TPPで利益を得るのは、経済効率を唯一の価値基準に据える一部の多国籍企業だけということは、もはや誰の目にも明らか。それどころか、私たちは、自らの生きる社会やくらしにおけるさまざまな選択権や決定権をも手放すことになりかねません。

 TPPの事情通として知られるニュージーランド・オークランド大学教授のジェーン・ケルシーさんは、「今世紀に入り貧困や格差が拡大し、これまでの経済モデルが持続可能であるかどうかが疑問視されています。今、間違いなく言えることは、ひとつの時代の終わりに近づいているということ。ひとつの時代が終わり、次の時代の始まりが見えない移行期だからこそ、自由な決断を拘束するような協定を結ぶべきではありません」と指摘します。

「これまでの経済モデルが持続可能であるかどうかが疑問視されています」と話す、オークランド大学教授のジェーン・ケルシーさん(4月21日 衆議院第一議員会館「剣が峰のTPP・緊急集会」にて)

 山田さんも、「自分の知ったことを伝え、阻止するための行動に移すときです。取り返しがつかないことにならないうちに、皆で声を挙げていきましょう」と訴えます。

 忘れてならないのは、TPPが農業など一部の人々だけの問題ではないこと。TPPは、私たち一人ひとり、さらに子や孫といったこれからの世代の社会やくらしのあり方をも大きく左右する協定です。TPPの「正体」をしっかり見極め、どう行動すべきか。一人ひとりに正しい判断が求められています。

※本記事は、2014年4月19日に山田正彦さん(元農林水産大臣)を招いてパルシステム東京で行われた、学習会『TPP この先にある食卓とくらし』より構成しました。

取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部