「状況が分からず、山火事の恐ろしさを痛感した」
2019年12月30日、南オーストラリア州南部の沖合に位置するカンガルー島西部で火災が発生した。後に24日間も燃え続ける大規模火災の始まりだった。パルシステム生活協同組合連合会と産直提携してきたカンガルー島の生産者団体、KIPG(Kangaroo Island Pure Grain)最高経営責任者(CEO)のシェーン・ミルズさんは、テレビとラジオで火災を知ったという。
「最初は、全体の状況がほとんど分からず、山火事の恐ろしさを感じました。火事が起きたのは島の西側で、住民の多くは島の東側に住んでいます。主要な施設や、菜種の保管庫も東部にあるので、不安を感じながら最新の情報を集め、とにかく消火されることを待つという状況でした」とシェーンさんは当時を振り返る。
炎は島の西部から中央部にかけてのほぼすべてを焼き、焼失面積は全島の約48%に当たる21万778haに上った。KIPGの菜種生産者の中では、中央部に住むリチャード・スタントンさんの自宅と倉庫が焼失した。
「スタントンさんも菜種の収穫は終わったあとで、すでに菜種は島の東部にある保管庫に移動していました。人命に影響がなかったこと、菜種が守られたことは幸いでした」(シェーンさん)
支援金付きの商品販売で、寄附の輪が広がる
カンガルー島被災の知らせを受け、即座に動いたのが、同島の生産者たちと産直協定を結ぶパルシステムだ。まずは「日本の消費者にとってカンガルー島が特別な存在であること、お互いが困っているときに助け合う産直の精神のもと復興支援に協力する」とのメッセージを送るとともに、パルシステム連合会と各会員生協から、合計160万円を現地の復興基金に送金した[1]。
そして、組合員の気持ちを込め、支援の輪をさらに広げようと取り組んだのが、支援金付き商品の企画だ。カンガルー島産の菜種を原料とするパルシステムのオリジナル(PB)商品「圧搾一番しぼり菜種油」を注文すると、1点につき10円を復興基金に送金するというものだ。初回の3月3回は過去最高となる7万点以上の注文があり、支援金の最終合計額は111万円に達した[2]。
生活協同組合パルシステム埼玉理事長の樋口民子さんは、組合員の代表として、2019年にカンガルー島の視察に参加し、生産者たちと交流を深めた経験がある。パルシステムの商品政策を議論する商品委員会の副委員長を務めることも重なり、今回の支援活動には強い思いで取り組んだと話す。
「カンガルー島の火災を知って思い浮かんだのは、お会いした生産者の皆さんの顔と島の風景。広大な自然が広がっていて、大きな消防設備や消防のかたも多くはないだろう、どうしたら鎮火できるのだろうと……。支援付き商品が決まってからは、私にできるのは、とにかく自分の地域で広めていくことなので、地道ですけれど、島のこと、支援のことを周りに伝えていました。組合員活動をする皆さんにお話しする機会もありました」
パルシステムからの支援金は、島の行政を担うカンガルー島評議会(Kangaroo Island council)が設立した 「カンガルー島火災の復興のための基金(KI Mayoral Relief and Recovery Bushfire Fund)」に送金し、活用された。
「パルシステムから支援いただけると聞いたとき、本当に嬉しくて、心から感謝の気持ちがわき上がってきました。生産者たちもみんな口々に感謝の言葉を述べていました」とシェーンさん。
支援金は、家が全焼してしまった住民をはじめ、住民みんなが使う共有の施設、教会やコミュニティホールの再建などにも使われたという。菜種生産者のスタントンさんの家の修復にも、一部支援金が利用されている。
「現在、スタントンさんは家を再建中です。畑では菜種の栽培も再開して、ポジティブに頑張っています。島全体でも、ボランティアの人たちがたくさん来てくれて、復興はスムーズに進んでいます。当初は、島民みんなが大きなショックを受けた状態でしたが、今は前を向いていこうという雰囲気があります。被害を受けた人みんなが回復しているわけではありませんが、島の建物はだいぶ再建され、7割くらい復興してきたという感覚です」(シェーンさん)
2020年12月、カンガルー島は、菜種の収穫シーズンを迎えた。「今年は豊作で、昨年よりも収穫量は多いくらいです。山火事の影響は全くないと言っていいと思います」とシェーンさんは笑顔を見せる。
順調な復興と菜種生産の状況を聞き、樋口さんも安堵の表情を浮かべる。「直接の被害は少ないとは聞いていましたが、どうしても報道された森が焼ける映像が脳裏に浮かんで、本当に大丈夫なのかと心配でした。菜種が例年どおり収穫できたとのことで、私たちの商品も、生産者のかたがたのお気持ちも、未来へとつながったのではないかなと思います」
隣人の危機によって、気候変動への意識が変わった
2019年から2020年にかけては、カンガルー島だけでなくオーストラリアの全土で森林火災が多発した年だった。これまでの研究によれば、この大規模火災により、オーストラリアが保有する森林の約5分の1が焼け[3]、その焼失面積から12億以上の野生生物が犠牲になった可能性が指摘されている[4]。
世界的にも類を見ない大規模火災の背景には、気候変動に伴う異常気象がある。2019年、オーストラリアは例年よりも1.5℃高い平均気温を記録し、降水量は平均を40%下回り過去最少となっていた[5]。乾燥と高温により、森林の焼ける条件が揃ったことで、被害は拡大し続けたと考えられている[6]。
シェーンさんは、残念ながら山火事は今後も起こりうる、と語る。
「気温の上昇と乾燥は2019年に限らないことで、森林火災のリスクは高まっています。農産物を扱う私たちは、気象の変化を実感してきました。世界的な異常気象に対して、私たちは行動していかなければいけない。私たちにできることは資源を無駄にしないことだと思っています」
KIPGの生産者たちは、農作物を植えるときに、トラクターを効率よく使い、エネルギーを無駄にしない努力をしているという。生産者みんなに、持続可能な農業の在り方を指導する教育も行っている。
樋口さんは、カンガルー島の森林火災によって、気候変動への自分の認識が大きく変わったと感じている。
「今までは、気候変動のことを、頭では理解していましたが、都会で生活していると実感がなくて、ピンときていなかったんです。でも、カンガルー島の火災によって、気候変動によって大変なことが現実に起きていて、今すぐ動かなければいけないと、肌感覚で思い知りました。カンガルー島の生産者たちとの産直提携によって、環境問題や気候変動の問題を自分たちの暮らしとひもづけることができました。私自身が実感したこの感覚を、ほかの組合員に伝え、広めていきたいと思っています」
「つながり」の背景にある、非遺伝子組換え菜種への追求
パルシステムが、ここまでカンガルー島との提携にこだわるのには、深い理由がある。実は、ここカンガルー島で生産されているのは、遺伝子組換えされていない、いわゆる「Non-GMO」の菜種だ。
非遺伝子組換えであることを証明し、ほかの菜種が混入しないよう専用のサイロやコンテナで厳重に管理・運搬された菜種は、海を越えて福岡県にある平田産業有限会社へ運ばれ、パルシステムのオリジナル商品「圧搾一番しぼり菜種油」となる。
油の原料として日本に輸入される菜種は現在、9割以上が遺伝子組換えだが、この油は安全性にこだわり、40年以上Non-GMOの菜種100%を貫いている。組合員の声に応えるため、Non-GMO菜種の入手に奔走してきたのが平田産業の代表取締役、平田繁實さんだ。
この菜種油を供給し始めた40年前、菜種の産地はカナダだった。当時カナダではまだ遺伝子組換えの問題はなかったが、遺伝子組換え栽培が認可されると、「ものすごい勢いで普及し始めたのです」と平田さんは語る。
菜種は、花粉が遠くまで運ばれやすく交雑しやすい。危機感を覚えた平田さんは、1999年から、菜種の輸入先を西オーストラリア州に変更。しかしオーストラリアでも、遺伝子組換え菜種が普及する懸念はあった。そんなとき、ある情報が平田さんの耳に入る。本土から17キロ離れた南オーストラリア州の島、カンガルー島でNon-GMOの菜種を栽培しているというのだ。
「本土から離れているうえ、島の40%が国立公園という素晴らしい環境。ぜひこの島の菜種を輸入したいと、カンガルー島を訪れました」(平田さん)
平田さんが初めて島を訪れたのは2001年のこと。しかしその後、取引が始まるまでには5年の歳月を要した。「最初は商社を通じて交渉をしていたのですが、なぜ取引ができないのか分からない。こちらはどうしてもパルシステムさん向けの原料が欲しいので、直接交渉させてくれとお願いしました」
平田さんの熱意が伝わり、生産者たちも交渉に応じてくれることに。オーストラリア領事館領事の手助けもあり、平田さんは5年間考え続けた末の提案をした。
「私たちは、あなたたちが作るNon-GMOの菜種を買い続けます。その証として、島から本土に運ぶ船賃を私たちが補てんします」
船賃の分、所得が低くなっているという構造を変え、島が持つ可能性をはっきりと示したこの提案が決め手となり、平田産業は2006年から取引を開始。2011年には生産者団体のKIPG社、平田産業、パルシステムの3者で産直協定を結び、これまで菜種の取引とともに交流を深めてきた。
南オーストラリア州政府も認めた産直の価値
世界では遺伝子組換え作物の栽培が広がり続けている。その流れは、カンガルー島の所属する南オーストラリア州をも飲み込みつつある。これまで南オーストラリア州は、2025年までの期限付きで遺伝子組換え作物の栽培を禁じるモラトリアムを定めていたが、政権交代により方針が転換。法律が改正され、2021年から遺伝子組換え作物の栽培が認可された。しかし、この法律では、「カンガルー島はNon-GMO栽培が維持される」ことを明言。カンガルー島だけが唯一、認可から除外された[7][8]。
シェーンさんは、「この決定には、これまでの平田産業、パルシステムとの取引が大きく影響しています。これまでも州政府に対して、私たちの取引や関係性について、説明を続けてきました[9]。州政府が、産直取引の価値を認め、理解した結果だと思います」と語る。
樋口さんは、この法改正について複雑な心境もあると前置きしつつ、これまで続けてきた交流の持つ力を実感していると話す。
「13年間、毎年毎年、積み重ねてきた交流が、きっと生産者の皆さんの力になり、カンガルー島の除外にもつながったのかなと。昨年はかないませんでしたが、組合員が毎年島を直接訪れて、菜種油を本当に大事に使っていることを伝え続けてきたことには、大きな意味があったのではないかと思います」
樋口さんがカンガルー島を訪問した2019年の夕食会でのこと。菜種がカンガルー島から福岡に運ばれて菜種油に加工され、消費者に届くまでを追った映像が上映された。組合員が油を使って調理しているシーンもあった。樋口さんは、映像を見たあと、生産者たちとの距離がぐっと近くなったのを感じたという。
シェーンさんによれば、カンガルー島では、現在菜種を栽培していない農家からも、Non-GMO菜種の栽培をやってみたい、という声が上がっているという。新たな仲間が加わって、作付けは増えていく見込みだ。
一方日本でも、今回の森林火災支援によって、多くの組合員の間でも、カンガルー島のために何かしたいという思いが広がった。
気候変動の時代の中、災害を乗り越え、共に歩む仲間として、作り手と食べ手が手を携え、お互いに輪を広げていく。「つながり」を積み重ねてきた産直の真価が、今問われている。