「最後に原発をやめさせるのは、市民の力なんですよ」
――『日本と原発』、その改訂版の『日本と原発 4年後』も含めると、『日本と再生 光と風のギガワット作戦』は3作目の映画になります。なぜ弁護士である河合さんが映画をつくろうと思ったのでしょうか。
河合 裁判は、勝てば即効力があります。たとえば、運転禁止の仮処分で勝てば、翌日には原発が止まる。でも、裁判だけをやっていても、脱原発の意識は浸透していきません。最後に原発をやめさせるのは、やっぱり市民の力なんですよ。原発問題の深刻さに気づいてもらうためには、映画という手段に賭けてみようと思いました。しかし、「原子力ムラ」の圧力をおそれて、引き受けてくれる監督がいなかった。それで自分でやったのです。
前作の『日本と原発』は、大手の映画館では上映してもらえませんでしたが、市民による有料自主上映会を中心に全国に広がりました。これまでに1800回以上も上映され、10万人以上が観ています。『日本と原発』の上映運動そのものが、脱原発運動なんです。
勝ち続けていたビジネス弁護士から、厳しい脱原発の道へ
――河合さんが原発問題にかかわるようになったきっかけを教えてください。
河合 バブル時代には、僕は大型の経済事件ばかりを扱うビジネス弁護士だったんです。勝ちまくって稼いでいたし、それがおもしろかった。だけど、これだけを一生やっていたら後悔するなと思ったんです。何か社会に役に立つことをしたいと考えるようになりました。
じゃあ、人類や社会にとって根源的、普遍的と言える問題は何かと考えて、たどり着いたのが環境問題でした。そのなかでも原発問題に取り組もうと思ったのは、事故の被害や使用済み核燃料が後世におよぼす影響が計り知れないほど深刻だからです。
1994年に、科学者で反原子力運動のリーダー的存在だった高木仁三郎さんと出会ったことで、具体的な活動が始まりました。僕が「ぜひ仲間に入れてください」と言ったら、「また一人、苦しい戦いに引っ張り込んじゃったなあ」と高木さんがつぶやいていたのをよく覚えています。
――それまでの勝ち続けてきた経済事件と違って、原発訴訟は非常に困難な闘いだと思いますが、どういう思いで続けてきたのですか。
河合 いや、僕はそんなによい子じゃないんですよ(笑)。原発訴訟はやってもやっても負けるから、じつは「もう疲れたな、そろそろ歳も歳だし、そっと身を引こうかな」と思っていました。そうしたら、2011年の原発事故が起きてしまった。それで、僕は逃げちゃいけないんだと思ったんです。「わかった、日本の原発を全部止めるまでやる」。そう腹をくくりました。
――河合さんが考える、原発の一番の問題点は何でしょうか。
河合 ひとつは重大事故を起こしたときの被害の大きさ、深刻さ。もうひとつは、使用済み核燃料を後世に大量に押し付けることです。
問題はこのふたつだけど、それでもやろうとする原子力ムラのような利権構造があって、大きな影響を及ぼしていることが最大の問題かもしれない。脱原発は、本来はエネルギーの使い方の話。でも、それが政治問題になってしまっています。社会の大部分を敵にまわすことになる。だから、非常に厳しい闘いだし、大変なんです。
「原発を止めたら、代わりのエネルギーはどうするの?」
――前作の映画は原発問題が中心でしたが、今度の『日本と再生』は、自然エネルギーをテーマにしていますね。
河合 この映画をつくったのは、『日本と原発』を観た人から、「脱原発するべきなのはよくわかったけど、代わりのエネルギーはどうするのか」とよく聞かれるからです。日本では「自然エネルギーは天気まかせで不安定」「自然エネルギーは高くつく」などの誤解が横行していますが、それらを実証的に論破するのも目的でした。
もうひとつ、経済人に向けて「自然エネルギーは儲かるんだぞ」と説得したいのもあった。社会の役に立つと言っても企業は動きませんが、儲かるとわかれば、彼らは動くからです。脱原発の実現には、経済人や企業を動かすことも大事です。映画のなかでも、僕は「自然エネルギーは、安全で楽しくて、しかも儲かる!」って言っていたでしょう?(笑)
自然エネルギーの普及を可能にした、大幅なコストダウン
――映画では、案内役である環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長の飯田哲也さんといっしょに国内外の自然エネルギーの取り組みを見てまわっていますが、何が一番印象に残っていますか。
河合 まず何より、世界がここまで本気で自然エネルギーに取り組んでいて、実績もあげているということがショッキングでした。中国は、いまや風力の世界シェア1位です。こうした背景にあるのは、太陽光パネルや風力発電設備の大幅なコストダウンです。この10年間で太陽光パネルの価格は5分の1になっています。きれいごとでなく経済原則によって自然エネルギーが広がっていることに、希望を感じました。
まだ原発を入れようとしている開発途上国もありますが、原発は経済発展のスピードに合わないんですよ。風力発電や太陽光発電の設備は1年で建ちますが、原発を建てるには10年かかる。面白いことに、自然エネルギーという最も素朴な方法が、最もいまのビジネスのスピードに合っているんです。
熊本地震による停電で、自然エネルギーの強さを実感
――日本の国内でも、太陽光や小水力、地熱、風力など、全国各地で市民によるさまざまな自然エネルギーの取り組みが広がっていることに驚きました。
河合 そう、もうひとつ重要なのは、自然エネルギーが地域の活性化を促しているということです。これまで外から買っていたエネルギーを地域でつくり、お金が地域でまわるようになれば、地域の自立や活性化、雇用創出に効果を発揮します。そういう実例をみるにしたがって、自然エネルギーが、崩壊しつつある地域社会、もしくは地方分権を再構築する手段であることもわかりました。
それから、熊本の南阿蘇で女性農家が立ち上げた取り組みも取材しましたが、その取材の4日後に熊本地震(※)が起きたんです。心配して東京から電話をしたら、まわりが停電のなか、彼女の家だけは太陽光発電で電気がついていました。小規模分散型の自然エネルギーのほうが、自然災害のリスクに強いことがよくわかった。自然エネルギーは、脱原発の単なる手段だけに留まりません。市民がもっと自然エネルギーに取り組めば、省エネにも結び付くし、脱原発も進みます。
※2016年4月14日以降に熊本県と大分県で相次いで発生、最大震度7を観測した地震。
――ほかにも個人ができる取り組みとして、電力自由化による新電力への切り替えも紹介していますね。
河合 「パルシステムでんき」の取り組みも取り上げています。電力自由化になってからもうすぐ1年が経つのに、まだ新電力はあまり広まっていません。どうもみんな、「なんかすごく大変そう」だと思っている。だから、手続きが簡単だということを知らせたいと思って、わざとCM風に撮影したんです。映画を見れば、サインするだけであとは全部やってくれるんだってことがよくわかりますよ。
「自然エネルギーはこれから始まる社会変革の入り口」
――「自然エネルギーの取り組みが広がることで、社会のあり方全体がいい方向に変わるんじゃないか」と河合さんは話していますが、もう少し説明していただけますか?
河合 映画をつくっていくうちに、自然エネルギーが大きな社会変革の入り口に立つ重要な技術だということがわかってきたんです。「IoT(インターネット・オブ・シングス)」という言葉がありますが、いまこの言葉が新聞に載らない日はないくらい、経済人は注目しています。交通や流通、医療などに至るまで、あらゆる社会のあり方を、IoTの技術がこれから変えていくといわれています。
この最先端のIoT技術と素朴に見える自然エネルギーが、じつは深く結びついていたのです。これは、映画をつくるまで僕も想像もしていなかったことでした。
――家電に限らずあらゆるモノをインターネットでつなぎ、そのデータを人工知能などによって分析して管理や制御を行うというのが、IoTの考え方ですね。
河合 自然エネルギー発電では、何万カ所もある風車や太陽光パネルから電気を集め、それをさらに複数の供給先に送ることになります。こうした小規模発電設備をインターネットで結んで制御することで、まるでひとつの大きな発電所と同じような機能をもつことができるのです。
さらに、同じ時間帯で電気をすごく使うところと節電できるところを、インターネットを通じて把握して、電気の需要と供給の安定したバランスを無駄なくコントロールすることも、IoTで可能になります。コストを抑えるだけでなく、無駄な所有をやめて安全な共有社会を築くために、IoTは欠かせないものなのです。
こうしたIoTの技術を使う最初の練習場として、自然エネルギーは注目されているのです。それが、すでにヨーロッパでは始まっていました。日本の大企業も乗り遅れまいと、ひそかに開発を進めているんです。その意味では、「自然エネルギーは儲かるよ」と経済人を説得したいと思っていた僕の目的は果たせました。
自然エネルギー100%への動きは、もう誰にも止められない
――では、日本もやがて自然エネルギー社会へと大きく舵を切ることになるのでしょうか。
河合 あと10年経てば、どんどん広がっていきますよ。他国が燃料費の要らない自然エネルギーに切り替えていくのに、日本だけがいまのように毎年25兆円も石油代金を払い続けるなんて考えられますか? それでは国が沈没してしまいます。リスクもコストも高い原発なんてやっていられなくなります。
だから、この10年の間に原発の再稼働を止め続けることが大事なんです。僕がいちばん恐れているのは、「原発なんかやーめたっ」となる前に、もう1回事故が起きること。それを防ぐために、原発再稼働禁止の闘いをやっているのです。
この映画をつくって一番よかったのは、僕たちが最後は勝つと確信できたことです。自然エネルギーを100%にしようという動きは、もう誰にも止められません。世界的に大きな潮流だとわかったからです。