見渡す限り牧草地が広がる、低温殺菌牛乳のふるさとへ
「まろやかな甘みがあっておいしい!」「牛乳嫌いの子どもも、この牛乳なら飲めるんです」。そんな声が寄せられる、生協パルシステムの人気商品の一つ『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』。産地である岩手県北部・奥中山高原は、広大な牧草地の間に牛舎が点在する、日本屈指の酪農地帯だ。
なだらかな丘が連なり、ほどよい傾斜で水はけも良好。土質のよさも相まって、ここでは質の高い飼料が育まれる。
細菌数の少ない、良質な生乳本来の風味を残した、65℃30分の低温長時間殺菌。さらに、全国的にも珍しい100%非遺伝子組換え(Non-GMO)飼料での飼育を、この地に暮らす4軒の酪農家たちが守り続けている。
光が差し、風わたる牛舍で、のんびりと草をはむ牛たち
長田さんと最初に訪れたのは、そんな低温殺菌牛乳の生産者の一人、久保雅(くぼ・まさし)さんの牛舎。午後1時過ぎ、赤い壁と青いサイロが愛らしい建物に足を踏み入れると、牛たちはのんびり、リラックスした様子で牧草を食んでいた。
素朴な木造の牛舎には光が差し、開け放った窓からそよそよと風が吹き渡る。耳を澄ますと、小さな音でクラシック音楽が流れていて……。何とも心地よい空間だ。
「牛舎も、牛も、こんなにきれいなんですね」
長田さんが言うとおり、牛の体はブラッシングしたてのような美しさ。そして牛舎は清潔で、においも気にならない。さぞ掃除や管理に手間ひまをかけているのでは……? そう尋ねると、久保さんからは意外な答えが返ってきた。
「いや、手間をかけるにも限界があるので、逆の発想です。できるだけ労力を少なく、きれいな飼育環境を保てるように、ヨーロッパなど先進地の酪農システムを取り入れているんです」
見た目こそ年代を感じさせる久保家の牛舎だが、1日6回のエサやりや子牛の授乳には全自動の機械を導入。さらに床は、ふん尿が網の下に落ちる設計を採用しているため、牛舎も牛の体も汚れにくくなっている。
加えて、乳房炎など体調には日々気を配り、朝夕に行われる搾乳の際にはタオルで乳房や乳頭をていねいに拭くなど、衛生管理を徹底。こうした積み重ねにより、国が定める細菌数基準の400分の一以下という、驚くほど良質な生乳が育まれているのだ。
もちろん、この基準は久保さんのみならず、『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』の生産者全員が達成している。
そっと牛の鼻に触れながら、長田さんはこんな感想をもらす。
「これまで低温殺菌牛乳を、単に殺菌温度だけで選んでいたように思います。こんな風に美しく、心地よく暮らしている牛たちだからこそ、質のよい生乳が育ち、低温殺菌が可能になるんですね」
昼間は酪農家から農家に――エサから育てる奥中山の酪農
牛舎設備の改善により、「日中は時折のぞいて牛の様子を見るくらい。ほとんどここにはいないんですよ」と話す久保さん。では一体、昼間はどこにいるのだろう? 答えは、牛たちが毎日食べている「エサ」にあった。
「これ、全部うちで育てたものです」と、久保さんが見せてくれたのは、自家栽培のデントコーン・サイレージ(飼料用トウモロコシの発酵飼料)だ。
100%、Non-GMOにこだわるのはもちろん、飼料の多くを輸入に頼らず、周囲の農地で自らで育てているのが『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』の大きな特徴。朝の搾乳と清掃が終わった後は夕方の搾乳時間まで、生産者たちは広大な畑で農作業に汗を流す。
「ほんのり酸味がある、いいにおいがしますね」
長田さんがそう話すと、「サイレージってつまり、人間の発酵食品と同じなんです」と久保さん。コーンの油分と発酵によって育まれた乳酸菌などのおかげで、牛たちは毛づやよく健康に育ってくれるという。
ちなみに久保家が飼育する乳牛、約50頭が食べる飼料は、年間およそ612トン。この大半を賄うための飼料用農地は30ヘクタール以上、東京ドーム6個分という途方もない広さだ。
初夏のこの時季、畑は牛舎の牛ふんを活用した肥料を入れる土作りの段階だが、「広すぎて、まだまだ終わりません!」と、久保さんは笑う。
飲み口すっきり、深いコク。「満足感のある味わいです」
牛舎の外で、久保さんと『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』を飲ませていただいた。
「飲み口はすっきりとしているのに、甘みやコクを感じます。少し飲むだけでも満足感のあるおいしさですね」。長田さんの言葉に、「いやあ……僕も自分のうちの牛乳が一番うまいって思います!」と久保さん、この日一番の笑顔でこたえる。
「丁寧に土作りをして育てたデントコーンをたっぷりと食べた牛の乳は、甘みも風味もちゃんとあるんです。牧草ではなく、ここではあくまでもデントコーンが主体。だから夏も牛乳の味が薄くなったりせず、一年中おいしさが安定しているんですよ」(久保さん)
12年前、地域の酪農家13軒ではじまったNon-GMOの低温殺菌牛乳だが、現在まで継続しているのはわずか4軒。しかし、「逆に言えば今残っているのは意欲を持ち続けている生産者だけということ。これも、私たちの牛乳がおいしい理由だと思うんです」と久保さんは話す。
産地内でも互いを認め合う「顔の見える関係」で
こうして育まれた生乳は、同じ地域にある奥中山高原農協乳業株式会社の工場に運ばれ、低温長時間殺菌の処理が施される。同社は「自分たちの牛乳をじかに消費者へ届けたい」という地元酪農家たちの思いで、共同出資により設立された乳業メーカーだ。
取締役の目時正(めとき・ただし)さんは、長年酪農家たちの生産を見守り、生乳を受け入れてきた立場として、こんな話を聞かせてくれた。
「奥中山は、環境のよさと生産者たちの努力によって、いい生乳はできる。しかし、豪雪地帯の山奥で消費地からも遠いため、輸送に時間もコストもかかるという不利を抱えている土地です。それをあるとき、逆転の発想で捉えました。不利ならばむしろ、うんとこだわって、『生乳本来の風味が残る』といわれる低温殺菌に挑戦してみよう。エサもNon-GMOを徹底して、理解してくれる人たちに届けよう、と。そんな思いで誕生したのが、『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』なんです」
自他共に認めるトップブランドだけに、他の生乳との混入は許されない。殺菌が開始されるのは、どの牛乳よりも早い深夜12時。衛生管理を徹底し、殺菌時間30分の前後に行われる洗浄には毎日1時間半を費やす。
飼育からパック詰めまで、どこまでも手間のかかる低温殺菌牛乳だが、目時さんは「この牛乳は私たちの誇り。生産者のみなさんが良質な生乳を届けてくれるおかげです」と、作り手への敬意を忘れない。そして牛舎を後にする私たちに、「久保君は笑顔で話してくれるけど、酪農は重労働の毎日ですよ。しかも、これだけ牛をきれいにしているのは、本当にすごいことです」と、小さな声で話す。
現在、4軒の酪農家たちと工場との距離は、わずか5km圏内。この距離の近さも手伝っているのだろう、産地の中でも互いを思いやる「顔の見える関係」が育まれていた。
たくさんの人の、思いをつないで。これからも、この牛乳を届けたい
最後に久保さんに、まだ土を起こしたばかりのデントコーン畑を見下ろす高台に案内していただいた。一本松の下、どこまでも続く丘陵地を眺める。
「いろいろ話してきましたが、実際にはまだ、兄がやってきたことの真似をしているだけなんです。それも、まだまだ手探りな部分が多くて」
実は、久保家の後継者であった兄・淳(あつし)さんは昨年、作業中の不慮の事故により帰らぬ人となった。その時は茨城に家を構え、家族と暮らしていた雅さんだったが、跡を継ぐ決心をし、今年1月から奥中山で酪農を再開した。
「茨城で勤めていた仕事の上司や、奥中山で兄の手伝いをしてくれていた僕の同級生、もちろん家族も。いろんな人が、ここへ戻ることを後押ししてくれました」
「若手生産者が一歩、酪農に踏み出せる後押しを」「自給飼料を集め、配合を担うTMRセンターを地域に」など、さまざまな構想を温めていた兄・淳さん。思いを知るほどに、「兄がやりたかったことをかなえてあげたい」と、この地に戻る決心が固まったという。
「今はとにかく、この一年を乗り切りたい。奥中山の牛乳を待っていてくれるみなさんのためにも、自分がやるべきことはまだまだたくさんあると思っています」
まっすぐ前を見て話す久保さん。その姿に、この牛乳が牛と酪農家だけでなく、それを支える多くの人々の存在によって育まれていることを、改めて気づかされた。
低温殺菌牛乳ならではの味わいを生かし、クラフティとゼリーに
国内の酪農家のもとを訪れるのは、今回が初めてだったという長田さん。牛舎に足を踏み入れ、牛に触れた今回の探訪を、「風通しがよく、光も差して、牛たちが心地よさそうに過ごしていた姿がまず、印象的でした」と振り返る。
「最近は、飲むためよりもお菓子のために牛乳を買うことがほとんどでした。けれど『いわて奥中山高原の低温殺菌牛乳』には、シンプルに飲みたくなる、充実した味わい、おいしさがありました」
この旅の経験を受けて、長田さんが作る今回のお菓子は、クラフティとジャスミンミルクゼリーの2品。
「低温殺菌牛乳の深い味わいを生かすことを意識して、レシピを考案しました。ぜひ奥中山の牛乳で試していただきたいと思います」(長田さん)