果樹園の看板娘もお出迎え。まずは“秘密のりんご園”へ
長野県北部、長野駅周辺の市街地から車でさらに40分ほど。山道を抜けると、りんごの樹があちこちに目立ってきました。
「りんごの赤ってやっぱり、心おどりますね」
かねてよりりんご好きで、りんごのお菓子を作ることも多い長田さん。車窓の風景にすでに高まる期待を隠せない様子です。
今回訪れる長野県・飯綱町(いいづなまち)は北信五岳の一つ、飯綱山のふもとに広がる「くだものの町」。「アップルファームさみず」のある三水(さみず)地域(旧三水村)はりんご栽培の歴史が長く、かつて村としての出荷量が全国1位を誇ったほど、日本有数のりんご産地として知られています。
アップルファームさみずは、「作り手と食べ手がつながる」というパルシステムの産直のあり方に賛同し、約40年前から産直を開始。「農薬や化学肥料をできるかぎり削減した、安心して食べられるりんごを」との思いにこたえ続けてきました。
「遠いところをようこそ!」
ヤギの“メー子”とともに迎えてくれたのは、現在アップルファームさみず代表を務める山下一樹さん。初代代表だった父・勲夫さんからその役を受け継ぎ、現在25軒の農家のまとめ役を担っています。
「まずは、こちらからご案内します」
一樹さんにうながされ、木々の生い茂るゆるやかな坂道を登っていくと……、ふいに目の前が明るくなり、広がっていたのは一面のりんご園! その景色はさながら、秘密の花園ならぬ“秘密のりんご園”のよう。
「この範囲だけで今、約20種類のりんごを育てています。ここは我が家の実験園のような場所なんです」
確かに、実っているりんごは大きさも色もさまざまです。
「こんなにもたくさんの種類があるんですね。木々がゆったりと生えているし、風もよく通って、りんごも気持ちよさそうです。しかも、草もふかふかで」
すると一樹さんは、笑顔でこんな話をしてくれました。
「これでも草刈りはちゃんと、してるんですけどね(笑)。私たちのグループでは、すべての園地で除草剤を使っていないので、畑にいろんな草が生えるんです。生えすぎは作業の妨げにもなりますが、ある程度草があることは、生き物同士のバランスを保ち、害虫の大発生を抑える役割もあるんですよ」
また、風通しがよいことは病気の発生を防ぐため、農薬を抑えたりんご作りに欠かせない条件だとか。
「つまりは、自然界の『よい環境』が保たれるようにする、ということ。僕たちはその手伝いをしているような感覚です」(一樹さん)
「日当たりもよくて、ピクニックしたくなります」と、うれしそうに歩きながら、りんごの木を一本ずつ眺めていく長田さん。ふと立ち止まり、真っ赤なりんごがたわわに実る木をまぶしそうに見上げました。
「このりんごも美しいですね……」
「これは、『新世界』という、群馬で生まれた品種です。味はすごくいいんですが、『つる割れ』といって、軸のところから割れが入りやすくて」
そう言うと一樹さん、パリッ!と素手で実を二つに割り、差し出します。ワイルドなおもてなしに驚きながらも、早速ひと口。
「わ、すごくジューシーでさわやかな味です」
「ひと言で『りんご』といっても、品種によって甘みも酸味も食感もいろいろ。面白いですよね。この楽しさを伝えたくて、効率が悪いながらも20種類を育てているようなものなんです」(一樹さん)
伝えたい、りんごの楽しさ。「接ぎ木」で取り入れる品種
一樹さんのりんご園の品種の多さは、海外で生まれ親しまれているりんごも多く取り入れているから。中でも「クッキングアップル」と呼ばれる加熱調理に適したりんごは、日本ではまだまだめずらしい存在です。
明るい黄緑色の果皮が目にもさわやかな「グラニースミス」も、そんな加熱用りんごの一つ。
「この品種は今、生で食べると、すごく酸っぱいんですよね。でも、この酸味が好きだから生で食べたい、という方も意外と多くて。実は1月ごろまで貯蔵すると、徐々に酸が抜けて甘くなってくるんです」(一樹さん)
「実っているところを見るのははじめてです」と、興味深げに眺めていた長田さん。
「たくさんの品種の木を植えるのは、大変ではなかったですか? しかもこんなに大きな木に育っていて、長い年月がかかっていそうです」(長田さん)
すると一樹さん、ある一本の枝を指さします。
「実は、りんごはこんな風に『接ぎ木』をすることで、苗木を一から育てるよりも早く生長させることができるんです」
「こうやってテープで巻いておくと、枝が木にちゃんとくっついて、この枝の先だけ別の品種が実るんですよ」
中には、赤りんごと青りんごが同じ一本に実っている木も!
「わあ、これはみんなに見せたくなります」長田さん思わず、カメラで撮影です。
「いいでしょう。ちょっと、遊び心で実験してみました」
そう話す一樹さんの表情からは、父から受け継いだこのりんご園での暮らしとりんご栽培を心から楽しんでいる様子が伝わってきます。
「一樹さんのりんご園がなんだか楽しくて、思わず遊びたくなるような活気を感じる、その理由が分かった気がします」
確かに、品種も、栽培方法も、常に変化を恐れず自由に挑戦を続ける一樹さんの姿は、青空に向かって伸びやかに育つりんごの若枝にも重なるようです。
「素材を生かす」農家カフェで聞く兄妹それぞれの思い
畑を一通り見終わると、一樹さんは母屋に併設されたカフェに案内してくれました。妹の亜樹さんが営むカフェ「傳之丞(でんのじょう)」です。
九州でお菓子の修業をしていたという亜樹さんが作るスイーツメニューはどれも「素材のおいしさをそのまま生かす」が基本。アップルパイのりんごにも、砂糖はほとんど加えません。
この日頂いたのは、「ブレンハイムオレンジ」という英国原産のクッキングアップルのタルト。とろりとした果肉のやわらかさとさわやかな酸味のおいしさに、長田さんも大満足です。
「うちのりんごはおいしい。りんご畑に近いこの場所で食べると、もっとおいしい。だから、そのおいしさを素直に伝えられるお菓子を作ることが、ここでカフェをやっている意味でもあると思うんです」
と、やわらかな口調で話す亜樹さん。
「お菓子作りのルールにはとらわれすぎず、りんごの個性を生かせるようなスイーツ作りを心がけたい」との言葉に長田さんも深くうなずき、「いちばんのぜいたくですね。うらやましくなるほどの環境です」とこたえます。
スイーツを食べ終え、「一樹さんは、これから『アップルファームさみず』をどんな風にしていきたいですか?」と問いかける長田さん。
一樹さんはしばし考えたあと、
「就農して10年、アップルファームさみずの代表になって5年。子どもも生まれ、今ではうちの産地だけでなく地域全体のことを考えるようになりましたね」と、遠くを見るように話します。
「長男が生まれたとき、『このあたりで12年ぶりの赤ちゃんだ』と言われました。農業者の高齢化や地方の過疎化の問題はやはり、深刻です。だからまず、女性や子どもたちにも興味をもってもらえるようなりんご農家にしたいんです。めずらしい海外品種のりんごを積極的に栽培するようになったのも、うちの妻や妹の意見があったから。やっぱり、『楽しそう』と感じてもらえることって、大切ですよね」
そして、一樹さんにはもう一つの夢が。
「この近くに、しなの鉄道の『牟礼(むれ)駅』があるんですが、その駅前にショップを出したくて。都会では買えない、田舎だからこそ買える、おいしいものや、かっこいいものを紹介したい。みんながこの場所をめざして来てくれるような農家であり、産地でありたいんです」
シンプルに、香り高く。りんごの個性に出合うレシピ2種
たくさんの思いを受け取り、東京のアトリエに戻った長田さん。秋の一日を胸に考案したレシピは、香りをほんのりと添えた焼きりんごと煮りんごでした。
「アップルファームさみずのりんごはどれも、本当にみずみずしくておいしかった。農薬削減の工夫もあちこちに見られ、丸ごと頂きたいりんごだと思いました。砂糖をほとんど使わない亜樹さんのお菓子にも刺激を受けて、素材の味わいにしっかり向き合えるレシピにしてみました」
焼きりんごは、畑で味わったようなフレッシュな酸味を生かし、りんごのおいしさをぎゅっと凝縮。焼きたてのりんごのしゅわっとした食感は、手作りお菓子だからこそ味わえるご褒美です。
一方、こっくりと仕上がった煮りんごは、アールグレイの香りがりんごの風味を引き立てる、ちょっと大人なおいしさ。「どこか“安心感”のある、ふくよかな味わいになりました」(長田さん)
いずれも、「りんごって、芯のまわりがとくに甘いんですよ」と話していた一樹さんの言葉どおり、取り除くタネと芯を最小限にするのもポイント。
「今回は紅玉で作りましたが、どんなりんごにも応用できるはず。ぜひ、いろいろな品種で試していただき、りんごという果物の多様で奥深い世界を楽しんでいただきたいです」