組合員の声は、商品づくりの「初めの一歩」
原点は1980年代にさかのぼる。加工乳ではない本物の牛乳や、発色剤や添加物を用いない国産肉のハム・ソーセージなどを組合員とともに開発してきた。1998年には「商品開発チーム」としての活動が始まり、ほぼ毎年、組合員、会員生協[1]、商品担当者、メーカーがいっしょに商品の開発・改善に取り組んでいる(あったらいいな、がカタチに)。そこから約25年、組合員が開発に協力した商品は、食品や生活用品を合わせて165点に上る(2023年5月時点)。
このうどんは、だれが、いつ、どんなふうに作って食べるもの?
2022年4月。集まったのは、パルシステム埼玉の各エリアから参加した組合員6名。ほとんどが初対面で多少ぎこちなさもあるなか、チームを束ねつつ寄り添うパルシステム埼玉の職員と組合員理事[2]の進行で場が和んだ後、まずは自己紹介。続いてパルシステム連合会の職員から、パルシステムが商品づくりで大切にしている「7つの約束」や開発の進め方など、これまでの具体例を交えながら説明していく。
そしていよいよ今回のお題。内容はずばり、「在宅時の昼食用、冷凍具付きうどん」。そう言われたら自然と「はて、私ならどんなうどんを食べたいかしら?」と考えるところ。しかし、集まったメンバーは全員女性ではあったものの、年代も家族構成もさまざま。まずは全員で基準を統一することが大切なのだ。冷凍食品課 清水玄太さん(以下、清水さん)はこう話す。
「開発途中でいろいろな意見が出るなかで、ついつい自分の主観に寄ってきてしまう。そのつど、みんなで決めた基準に立ち返り、軌道修正することが重要なんです」
2~3カ月をかけてみんなでじっくり考え抜いて決めた、「コンセプト」「ターゲット」「利用シーン」は以下のとおり。
- コンセプト:家でふだん料理をする人が外出時に食事を準備していなくても、これさえあれば“罪悪感がない”という冷凍具付きうどん(野菜たっぷり、たんぱく質もとれて栄養面も安心。だしがおいしく、食べごたえもある)
- ターゲット、利用シーン:料理に慣れていない家族(例えば40~50代)や子ども(火を扱うので念のため中学生以上)でも、一人で簡単に作ることができる
次回までの宿題は、「市場調査」
パルシステムでの冷凍麺の品ぞろえや市場のトレンドなどを予習したうえで、より具体的な商品像を作り上げるべく、メンバー各自が近所のスーパーや外食店などの「市場調査」に繰り出した。メンバーで初参加のお一人、井村美帆さん(以下、井村さん)は思い出しながら楽しそうに話してくれた。
「家の近くのスーパー、ドラッグストアの冷凍ショーケースをチェックしました。私の近所では冷凍うどんがあまりなく、冷凍パスタが主流でした。パスタ風に味付けされた汁なしうどんという新ジャンルも。手に取りやすい位置にあるのが売れ筋ということを教わっていたので見てみると、濃いこってり味の商品がありました」
しかし、メンバーのみなさんは冷静に判断。
「スーパーのトレンドとパルシステムのトレンドは異なるということも商品担当の清水さんから聞いていました。スーパーの冷凍麺は男性が選ぶことも多いのに対して、パルシステムは女性が多いとのこと。あと、汁なしよりも汁があったほうがおなかがいっぱいになるのでは、とも考えました」(井村さん)
目指すは「心からの満場一致」
今回の開発では、冷凍麺の開発・製造を手掛ける食品メーカーに広く声をかけ、まず3社から計5食を提案いただいた。開発に協力してもらうメーカーの選考をはじめ、商品の方向性、つゆ、麺、具材と、メンバーが意見を出し合いながら詳細を決めていくわけだが、なかには発言や議論が得意ではない人もいる。
「発言が少ない人には、あとで個別に話しかけて聞いてみたりしました。なるべく全員の声を聞くように。最終的にみなさんに『楽しかった!』と思ってほしかったので」(清水さん)
「清水さんはみなさんの意見を聞いたうえで、できないことはできない理由をお伝えするし、できそうなことはどんどん取り入れようと模索してくれました。過去に別の商品であった事例ですが、みなさんの意見を取り入れて試作品を準備したつもりでも、『私の意見が入っていない』『最初から決まっていたのでは?』と言われてしまうこともありました。そうならないように丁寧な説明や意見の聞き取りを心掛けています」
そう話すのは、今回、組合員開発事務局として関係者をつなぐ役割を担っていた広報・商品活動課 辻智沙登さん(以下、辻さん)。
そして時には、メンバー内で意見が割れることもある。辻さんと清水さん、それぞれこんなエピソードを教えてくれた。
「市場調査や家族へのヒアリングなど、準備にも時間を費やして毎回集まってもらうので、どんなご意見もぞんざいにはできません。意見が割れたときは、何度も詳しく聞いて真意を掘り下げていくと『そう考えるとこっちでもいいなと思いました』とメンバー同士でまとめてくれることもありました」(辻さん)
「意見が真っ二つに割れたとき、まずいな、どう試作品を調整していこうかなって、正直、頭が真っ白になっていたんです。するとメンバーのお一人が『自分が、ではなくターゲットとしてだったら……』と意見を述べられて。そこで場が動いたというか、再度目を閉じて決をとったら満場一致になって。あれはゾクッとしましたね。あとはやはり、パルシステム埼玉の職員や理事、辻さんがメンバーの意見を引き出してくれたおかげなのかなと」(清水さん)
「ちゃんこ味」と「ごま油」をめぐって
組合員と進めていく商品開発について、最終的に商品完成までともに走り切った明星食品株式会社の八木義之さん(以下、八木さん)はこう話す。
「お題となったコンセプトをどんなうどんで実現させるかを提案するまでが、最も悩みましたね。社内でもたくさんアイデアを出し合いました。基本的な商品開発の流れはいつもと同じなのですが、商品を実際に利用する組合員のみなさんといっしょにコンセプトに照らし、かつ、みなさんのご意見を均等に聞きながら、ジャッジをしていくのが難しかったです」
メンバーがジャッジを下すための判断材料を八木さんが用意した場面もあった。一つは「ちゃんこって何味?」ということ。このうどんは、コンセプトに基づき、「鍋料理のように具だくさんで、締めのうどんも初めから楽しんでもらえるように」との理由から「ちゃんこ風」のうどんとなっていた。
「ちゃんこ=みそ味というイメージの方もいらっしゃいました。ちゃんこの歴史からひも解き、定義とオーソドックスな具材、味付けなどについて資料をまとめました。かつて相撲部屋で力士が食べる食事そのものを指していた『ちゃんこ』ですが今は主に鍋料理だけを指します。多くがしょうゆ味で、特徴は鶏だしも加わるところ。鶏は二足歩行だから相撲の世界で縁起がよいためですね」(八木さん)
そしてもう一つ、メンバーの意見も大きく分かれたのが完成目前、ごま油を入れるか否かとその分量だ。
「メーカーがなぜごま油を入れたのか、『ちゃんこの名店はごま油を入れる』と解説してくださりみなさん納得。そしてその量についても好みが分かれて……改めてコンセプトに立ち返って実際に食べる年齢層などを考えました。『ごま油うどん』ではないので、風味付け程度に入れる今の分量で決まりました」(清水さん)
「当たり前」が、そうでなくなる瞬間
この商品の大きなアピールポイントの一つが「水から作ることができる」ということだ。一般的に鍋で冷凍うどんを調理する場合、沸騰したお湯に凍ったままのうどんを入れて作る。冷凍食品担当はもちろん、メーカーにとっても当たり前だと思っていた。しかし、メンバーが口をそろえて出した要望は、その「当たり前の作り方」の変更だった。
「みなさん『お湯がはねるのが危ない』とおっしゃっていました。とくに子どもが作るときは心配だ、と。よく考えれば当然のご意見なのですが、盲点でした。いざ試してみると、お湯からと水から、熱の入り方による麺の食感の変化はあまりなかったんです。調理時間にも差が出なかったことも含めて、新しい発見でした。なので技術的に何か革新があったわけではないのですが、『水から作れる』という提案の切り口が新たに生まれた、と言えますね」(八木さん)
沸騰したお湯に凍ったうどんを入れようとすると、熱い湯気でついあわてて投下してしまう。するとお湯もはねて、周りはびしょぬれ……というモヤモヤはこうして意外な形で解消され、「水から作れる」がこの商品の柱の一つに加わった。
売るためではなく、暮らしの役に立つための商品を
ついに形となった冷凍具付きうどん、メンバーの井村さんも、自宅で試作品を息子さんに調理してもらった。
「中学2年の息子がする料理は、おにぎり、カップ麺を何度か……という程度。ちょうど少し前、別メーカーの冷凍担々麺を一人で作ったら、調味料を一つ入れ忘れて、水はねもすごくて。今回はそんな失敗も危険もなく、順調でした。『また食べたい』と味も合格点! その後は、袋入り麺も鍋で作るようになったし、チャーハンも作ってみたいと言い出して」
息子さんにとってこの試作が成功体験になり、調理欲に火がついたのかもしれない。完成した商品について、別のメンバーはこう話していたそうだ。
「『現代の日本でも、女性の家事分担はまだまだ多いといわれていて、年代によっては料理が全くできない男性もいる。料理に慣れていない人、初めての人にどんどん使ってほしい』と。それを聞いて、パルシステムの食育の考えにもあるように、料理を“みんなのもの”にするきっかけになるのではと思いました」(辻さん)
すると、清水さんが改めて腑に落ちたように続ける。
「商品を組合員といっしょに作るのは単に大量に売るためではないんですよね。組合員の暮らしに役立つことを重視して商品を作りたいから。こういう人のこんな暮らしでこう役立つ、と具体的に落とし込めるのが組合員商品開発。リアルな利用者に困っていることを聞いて、どうしたら解決につながるかを考えようとすると、これ以上にできることはないんじゃないかと」
もちろん、食品メーカーにとってもその実感と収穫は同様だったようだ。
「『水から作る』という発想など我々が想像しないところでの気付きがあり、実際に調理をする人ならではのご意見がとても参考になりましたね。メンバーのみなさんが、おいしい、簡単だよ、とこの商品をおすすめするように、自分と同じ立場の人からのクチコミは今後より重要になるのではないかと思います。今後もお声がけいただけるなら積極的に参加させていただきたいし、組合員のみなさんに長く愛される商品づくりをしていきたいです」(八木さん)
商品づくりをきっかけに、つながる、広がる
パルシステムの新商品デビューの最終関門、商品選考会の合格も経て、無事に商品化が決定した『水からラクラク♪ 鶏だしちゃんこ風うどん』は、2023年6月2回より登場予定。このうどんへの愛があふれている組合員チームのみなさんは、開発が始まってから1年が経つ今も、広報活動に余念がない。
「実際に試作・試食していただきながら、開発中の自分たちの思いや商品のおいしさをお伝えできるのは楽しいしうれしい。ここまでできるなんて、いい活動だなって思います!」(井村さん)
今回の組合員商品開発は、新型コロナウィルス感染症の影響もあり、2年ぶりの完全対面式での開催となった。その喜びを清水さんはうれしそうに語ってくれた。
「ほかの麺や冷凍野菜のことなど、いろいろなお話ができました。ふだんカタログを通してしか発信ができないので、裏話やこちらの思いを直接聞いていただけたのはありがたかったし、喜んでいただけてよかったです」
パルシステムでは昨年春から、完全なオンライン形式でより大勢の方に試食やその後の商品開発過程に参加いただく新たな取り組みもスタート。「#ほしいをカタチに! プロジェクト」として、さまざまな参加の形を工夫している。これからも、食べ手と作り手とがともに歩んでいく商品づくりの道は続いていく。