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防災食のボイル調理をするために鍋の前に立って微笑む今泉マユ子さん

写真=平野愛

災害時こそ、ほっとするひと皿を。「いつも」のおいしいが、「もしも」につながる防災食

  • 暮らしと社会
東日本大震災から15年。今も日本各地では、地震や豪雨、火災などの災害が途切れることなく発生している。そんな「いつか」ではなく「いつでも」起こりうる状況の中、私たちはふだんの暮らしのなかで何を備えておくべきか。管理栄養士であり、防災士、日本災害食学会災害食専門員としても活動する今泉マユ子さんは、「日常に根づく備え」と「体と心を支える食事」の重要性を伝え続けている。一人ひとりが今日からできることは何か。“防災食”の視点から話を聞いた。

「防災」は、「日常」の延長線上にある

――今泉さんは、全国各地で防災をテーマに講演をされていますが、そこで最初に話す言葉があるそうですね。

今泉マユ子(以下、今泉) まず皆さんに伝えたいのは、「防災をもっと身近に、もっと自分ごとに」ということです。「防災」と聞くと、日常とは離れた特別なことのように思いがちですが、「日常」の延長線上に「防災」はあります。ふだんの暮らしをよくすれば、災害が起きたときの備えにもなる。「もしも」のではなく、「いつも」のという意識が何よりも大切なんです。

こうした考えを実感してもらうために、私の講演では初めに「隣の家が火事になって延焼しそうになったら何を持って逃げるか、隣にいる人と話してください」と会場の人たちに質問するんです。

――とっさに答えるのが難しいですね……。あれもこれも頭に浮かんで選び切れないかもしれません。

今泉 会場の人に答えを聞くと、スマホや貴重品だったり、一緒に暮らしている犬や猫だったり、人それぞれ違う回答が返ってきます。そうやって、自分の身に置き換えて「自分だったら?」と考えること。それが”自分ごと”にするということなんです。

一人ひとり住んでいる地域の環境は違いますし、家族構成もさまざまですよね。それにもかかわらず「備蓄リスト通りにそろえれば安心」と考えてしまう人も少なくありません。

自宅が安全な状態であれば、家にとどまって生活することを多くの自治体が勧めていますが、在宅避難するのであればなおさら、自分や家族の状況に合った備えを日々の暮らしの中で見つけておくことが大切です。

笑顔でインタビューに応える今泉さんの画像

写真=平野愛

――確かに、自宅で避難することを考えると、ふだんの備えが重要になりますね。

今泉 在宅避難をするうえで、欠かせない3つの条件があります。1つめは、家の周りが安全であること。危険度を知るためには、平常時にハザードマップ注釈で自宅の周囲や最寄り駅、学校、職場、病院、スーパーといった生活圏全般の危険箇所をチェックしておく必要があります。

2つめは、家の中が安全であること。建物の耐震補強、部屋の整理整頓、家具の転倒・落下防止をしておかないと、いざというときに命が守れません。

3つめは、事前の備えがあること。水や食料、トイレといった備えは、家の周りや家の中の安全が守られていれば、安心して活かせます。

在宅避難できるか判断するためのチェックシート

今泉さんの講演資料を基に編集部が作成

防災の初めの一歩は「知る」ことから

――災害に備えるためには、地域のこと、家族のことを知っておく必要があるのですね。

今泉 防災食を準備するにしても、食べる量や味の好みは、一人ひとり違います。幼いお子さんや高齢者がいる家庭では、離乳食ややわらかい食事など、年齢や体調に合った献立が必要な場合もありますし、食物アレルギーの問題もあります。自分や家族のことを知っておかないと、もしものときに役立つ備えはできません。

よく「災害時に何を備えておけばいいか教えてください」という質問をされますが、その答えを知っているのは自分自身なんです。人それぞれ好みや体調が違うので、私が好きなものがその人に合うとは限りません。

ふだんおいしく食べているものを、災害時にどう食べるのか。自分や家族にとって必要な防災食は何なのか。それをいつもの暮らしの中で見つけておくことが防災になります。

ホットケーキミックやレトルト食品、ジュースなど、ふだんから食べている食品が並んだ画像

災害時もふだんと同じ「食べ慣れたもの」を食べることで日常を取り戻せる(写真=平野愛)

――防災の知恵として、ローリングストック注釈という言葉をよく耳にするようになりました。

今泉 前提としてフェーズフリー注釈という考え方があり、ローリングストックはその方法です。それを習慣にするためにも、自分の食べたいものをストックして、定期的に消費するようにしてください。あまり好みではないものを買いそろえても、備えにはなりません。

――上手に習慣化するコツはあるのでしょうか?

今泉 合い言葉は「使いやすく、取り出しやすく」です。戸棚や床下収納の奥にしまってしまうと、存在を忘れたり、賞味期限が分かりにくくなったりしてしまいます。

ポイントは賞味期限の見える化。レトルト食品であれば、左から賞味期限の近いものを見える場所に並べて、新しいものは右側から補充していく。黒の油性ペンを収納場所に置いておいて、賞味期限の日付をパッケージの見える位置に書き込む癖をつけるのもおすすめです。

――賞味期限の長い乾パンやアルファ化米注釈、レトルト食品、缶詰は、つい戸棚や床下収納にしまい込んでしまいがちです。

今泉 そうならないためにも、ふだんから食べ慣れておくのがポイントです。乾パンであれば、ケチャップ、マヨネーズ、ジャム、のりのつくだ煮など、好みの味をちょい足ししてカスタマイズしてみる。レトルトがゆであれば、ツナ缶や鶏ササミ缶を入れ、ごま油を垂らして中華がゆにしてみても。防災食は味気ない、苦手と思われがちですが、少し工夫するだけで、ふだんの食事としてもおいしく取り入れられますよ。

大豆ドライパック缶を持った今泉さんの手

「ローリングストックでは“備える”こと以上に“消費する”ことが大事。使いながら備えられる食品を選んでおくといいですね」(写真=平野愛)

災害のときこそ、体と心の栄養を満たす食事を

――在宅避難する際、食料は大体何日分ストックしておけばよいのでしょうか?

今泉 在宅避難を想定する場合、食料は最低3日分、できれば1週間分を一つの目安として考えます。復旧まで時間がかかるケースも考慮し、可能であれば2週間分程度の食料を備えておくことをおすすめします。

そして、災害時だからこそ、体と心の栄養を満たす食事にも気をつけてほしい。災害時に支給されるパンやおにぎりなど、すぐ食べられるもので何日も過ごし、体調を崩してしまう人も少なくないからです。

――災害時に体と心の栄養を満たす献立を考えるのは大変な気もします。

今泉 非常時にいきなり栄養のことを考えるのは大変なので、平常時から食べ物を3つの色に分けて意識しておくと、いざというときに役立ちます。

糖質や脂質などエネルギーになるものは黄色グループ、たんぱく質は赤色グループ、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富な食べ物は緑色グループと分類しておくと、栄養バランスを把握しやすくなりますよ。

そして防災食で大切なのは、3色それぞれの食べ物を「1種類だけ」そろえるのではなく、味や種類にバリエーションを持たせておくこと。その日の体調や気分に合わせて食べたい味を選べると、気持ちが前向きになり、心の栄養にもつながります。

災害時に役立つ3色の栄養バランスの一覧表

今泉さんの講演資料を基に編集部が作成

――いろんな防災食のアイデアがある中、今泉さんはポリ袋に食材を入れて湯せん調理する「お湯ポチャレシピ」を紹介されていますよね。

今泉 温かい食事や飲み物が好きな人は、災害1日めであっても、自分なりに工夫して、温かい食べ物を口にしたほうが心身が落ち着き、安心感につながります。「お湯ポチャレシピ」は、そんな人にもぴったりな調理法です。

「お湯ポチャレシピ」には、耐熱性のポリ袋、お湯を沸かすためのカセットコンロ、カセットボンベ、水が必要です。水道やガス、電気が使えなくなったら、何が必要なのかを自分の頭で順序立てて考えながら、備えていくことも大事なポイントです。

ポリ袋の中にパスタを入れて湯せん調理している場面

ポリ袋の中にパスタなどの具材を入れて湯せん調理する「お湯ポチャレシピ」。停電・断水時に臨機応変に作れるスキルを身につけておくと食の選択肢が広がる(写真=平野愛)

知る、考える、行動する。それが命を守る備えになる

――「いつも」と「もしも」の垣根をなくすために、必要なことはほかにありますか?

今泉 日常の中で「わが家の防災訓練」として「防災ごっこ」を取り入れてみるのも一つの方法です。たとえば、備蓄しているお水だけで料理すると、1回の食事でどのくらいのお水が必要なのかがよく分かります。

同じように「停電ごっこ」もおすすめです。部屋を真っ暗にしてみると、懐中電灯や電気のスイッチがどこにあるのか意外と分からないことに気づきます。実際にやってみると、「懐中電灯やスイッチに蓄光テープを貼っておこう!」といった自分なりの工夫が生まれますよ。

――ふだんの暮らしの中で体験することが大事なんですね。

今泉 防災食もそうですが、携帯トイレやラジオも、購入したら一度は実際に使ってみてください。人によって使いにくさを感じることがありますし、携帯トイレもラジオも、暗い中で操作しようとすると、さらに難しさを感じるはずです。

日常であればいくら失敗してもいいんです。というよりも、むしろ失敗したほうがいい。「じゃあ、何が必要か、何をすればいいのか」を自分で考えるチャンスにつながりますから。

笑顔でインタビューに応える今泉さん

写真=平野愛

――「自分で考え、体験する」ことでしか正解にはたどり着けないのですね。

今泉 そう考えるようになったきっかけは東日本大震災のときの経験が原点にあります。当時幼稚園の年長だった長男が「留守番をしたい」と言うので30分ほど外出したんですが、そのときに地震が起きて。慌てて帰宅すると、息子は非常時の教えを守って「家具のない部屋の真ん中」でじっとしていました。

ほっと安心はしたものの、もし隣の家が火事でも、息子は教えを守ってずっと部屋にいたかもしれません。「教え」をなぞるだけではなく、状況に応じて自分で判断して動く力を身につける必要がある。そのときに強く感じたんです。

――実際の災害では、体験や判断力が試される場面も多くなります。そのときのために「いつも」のという意識が大切なのですね。

今泉 そうですね、防災に“これが正解”というマニュアルはありません。だからこそ、いろいろな状況に応じて、できるだけ多くの選択肢を持てるよう、「いつも」の暮らしの中に「もしも」を意識した工夫を積み重ねておくことが大切です。

防災のアイデアやグッズも、日々アップデートしています。最新の情報やアイデアを取り入れつつ、自分でやれそうなことを見つけて、行動に移す。それが自分や家族の命を守る備えになります。

脚注

  1. 自宅のある地域や職場・学校の周辺で台風、大雨、地震といった災害が起きた際、どこにどのような危険があるのか、どこに避難したらよいのかという情報を地図上にまとめたもの。国土交通省が運営する「ハザードマップポータルサイト」からチェックすることができる。

  2. ふだん利用している食品を少し多めに買い置きしておき、賞味期限を見ながら古いものから消費し、消費した分だけ買い足していく方法。こうすることで常に一定量の食料を、無理なく家庭で備蓄することができる。

  3. 平常時と非常時(災害時)とでフェーズを2つに分けるのではなく、「いつでも使えるもの・食べられるもの」という視点で、暮らしや社会をデザインする考え方。一般社団法人フェーズフリー協会では「身のまわりにあるモノやサービスを、日常時はもちろん、非常時にも役立つようにデザインしようという考え方」と定義している。

  4. 炊いた米を乾燥させた加工食品。生米に含まれるデンプンを加熱調理し、消化しやすい「アルファ化」の状態にして急速乾燥。非常時・災害時に水またはお湯をかけるだけで食べることができ、賞味期限も最長57年と長もちする。

取材・文=濱田研吾 写真=平野愛 構成=編集部