食品ロス解決の手掛かりは、「もったいない」にある!?
――ダーヴィドさんは、前作『0円キッチン』では、ヨーロッパをキッチンカーで旅しながら、捨てられる運命にあった食材をごちそうによみがえらせる活動をしていました。今回、日本を舞台に選んだ理由を教えてください。
ダーヴィド・グロス(以下、ダーヴィド) 2017年に『0円キッチン』のプロモーションで初めて来日したとき、周りにいた日本人が、何かにつけ「もったいない」「もったいない」と口にするのを聞いて、すごく気になったのです。
どんな場合に使われるのかをいろいろ教えてもらって分かったのは、「もったいない」は「無駄がある」という問題を指摘する言葉であると同時に、「無駄にしないためにはどうすればよいか」という問題解決の糸口をも含んでいること。僕の母国語のドイツ語には、そのように一つの言葉が多様で複雑な意味を表している例はあまりありません。
「もったいない」のユニークさに引かれ、この言葉を手掛かりにすれば食品ロスの問題を解決するヒントが見つかるんじゃないかと確信しました。それで、どうしても日本で映画を作らねばという気持ちになったのです。
――通訳でもあるニキさんは、ダーヴィドさんに「もったいない」をどう説明したのですか?
塚本ニキ(以下、ニキ) 日本人は、食べ物に限らず、あらゆるものに魂や神様が宿っていると信じている。価値あるものを無駄にすることをとても残念に思う。そういう気持ちがこもっている言葉だと説明しました。
――ニキさん自身にとっても、「もったいない」は身近な言葉でしたか?
ニキ そうですね。子どものころから、出されたものは全部食べるものだと教えられて育ちましたから、食べ物を捨ててはいけないという概念が染みついています。それでも「もったいない」という言葉は、あまり深く考えずに反射的に使っていました。今回、英語で一所懸命説明しているうちに、「もったいない」がどれだけ意味の深い言葉だったかに改めて気づかされました。
タブー視され、見て見ぬふりをされる食品ロス
――日本で食品ロスの現場を取材して、ヨーロッパの状況と比べて何か気になったことはありますか?
ダーヴィド 日本では、食の安全性を非常に重視していることを感じました。特に、おにぎりやパンが、賞味期限や消費期限が切れる前にお店の棚から撤去されてしまう光景は驚きでした。
日本では、年間643万トンの食品ロスが発生していると聞きました。僕には少し過剰と思えるくらい徹底された廃棄のルールが、大量の食品ロスにつながっているのだと思います。
――ヨーロッパと日本の共通点はありますか?
ダーヴィド 食品をゴミとして捨てている事実が社会的にもタブーとされ、見て見ぬふりをされていることでしょうか。
ヨーロッパも日本も、人々は食べることが大好きで、食文化も豊か。そして、一人ひとりは食べ物を捨てることを決してよいことだと思っていない。特に日本では、無駄にすることには「恥」のような意識もあることを知りました。
食品の廃棄は、私たちの目の届かないところで行われているのです。スーパーマーケットや食品会社は、自分たちがどれだけ大量の食品を廃棄しているか、無駄にしているかをアピールしようとはしません。オーストリアの例でいえば、ゴミ収集車は人目につかない夜にスーパーなどを回っていますよ。
この裏には、食べ物を捨てることへの罪悪感がある。世界で8億人以上もの人々が飢餓に苦しんでいるのに、食べられるものを捨てていることを後ろめたく思うから、隠そうとするのでしょう。
問題の背景にある利益優先の経済システム
――食べることが好きで、捨てることに罪悪感もあるのに、大量の食べ物が廃棄されているという矛盾は悩ましいですね。根本的な問題はどこにあるのでしょうか?
ダーヴィド 僕は、やはり企業の利益を優先する資本主義経済や、工業化された食品の生産システムが問題だと思います。消費し切れないほどの商品が生産され、次々にお店の棚に並べられる。効率を優先するシステムでは、生産と消費の間も分断され、食べ物への感謝の念やありがたみを感じにくくなっています。
個人として食べ物を捨てることに罪の意識を抱いたとしても、僕たちはいつの間にか、売り上げや株主の利益が優先される資本主義のシステムに巻き込まれてしまっているのです。
――経済システムの問題となると、どうしようもないと無力感にとらわれがちですが……。
ダーヴィド いいえ、大丈夫です。大きな変化も、まずは一人ひとりの意識や暮らしの中から始まります。映画でも紹介しましたが、僕は日本にいる間に、語りだしたら切りがないくらいたくさんの解決につながる糸口を見つけましたよ。
まずは何よりも自分の目で現実を見て知ることが、変化のための最初の1歩。『0円キッチン』も『もったいないキッチン』も、「この映像で現実を知り、意識が変わった」というフィードバックをたくさんいただいています。
変化のためのアクション、三つのステップ
――どのように行動すれば、私たちは変化を起こすことができるのでしょうか?
ダーヴィド 僕は個人ができるアクションとして、いつも次の3ステップをおすすめしています。
まずは、自分自身の暮らしの中の食品ロスをできるだけ減らすこと。例えば、家の冷蔵庫や食品棚を見て、ふだんの買い物の習慣を見直してみましょう。必要なものだけを買う。心から求めている、自分のポリシーや嗜好に合った、自分をハッピーにしてくれるものだけを買う。それが最初のステップです。
二つめは、自分に起こった変化を周囲と共有すること。友人や近しい人たちと、いつものおしゃべりのような気軽な感じで、食品ロスについて話題にしてみてはいかがでしょうか。なぜ食品ロスに興味を持ったのか、そのことでどんなすてきな変化が訪れたかを、周りの人たちに伝えるのです。
三つめは、さらにその変化を広めていくこと。近所や職場、自分が所属するグループやサークルで問題をシェアし、食品ロス削減のアイデアを出し合ってみましょう。
――周りの人たちに上手に働きかけるためのよいアイデアはありますか?
ダーヴィド とても簡単です。基本的にだれでもみんな食べ物が好きですから、つながるためには、食べ物を分かち合えばいいのです。
何よりも大事なのは、楽しく食べるということ。太古の時代から、人間は食べ物を分かち合うことで他者との間に親近感をはぐくんできました。映画の中でも、捨てられそうだった食品を使ったパーティーの場面がいくつも出てきますよ。そんなふうに、それぞれが家から食材を持ち寄って、いろいろ工夫しながら料理を作ってみてはいかがでしょう。ワクワクしてきませんか?
82歳のおばあちゃんが台所で起こす「革命」とは?
――映画では、それぞれのやり方で持続可能な暮らしを実践し、食品ロス削減に貢献している事例がたくさん登場します。ダーヴィドさんが特に印象に残っているシーンは?
ダーヴィド どのシーンにも思い入れがありますが、食品ロス問題専門家でジャーナリストの井出留美さんの「食べ物を捨てることは命を殺すことと同じ」という言葉や、精進料理をふるまってくれた青江覚峰(あおえかくほう)住職が「みんなが本気で取り組めば、変化できます」と力強く語っていたことが、特に印象に残っています。
「四季折々の自然の恵みで生かされている」と語る82歳の野草料理専門家、若杉友子おばあちゃんとの出会いにも深い感動がありました。ニキとおばあちゃんの会話の中から「おいしい革命」という言葉が生まれたんです。
革命というと残虐で暴力的なイメージがありますが、「おいしい革命」は、だれの命も奪わずに、とてつもなく大きな変化を起こすことができる。「食べ物が変われば体が変わる、心が変わる、生き方が変わる。台所で革命を起こすんですよ」というおばあちゃんのメッセージに勇気づけられました。
――大阪の元ホームレスの男性が「もったいないと思うことほど幸せなことはない」としみじみ語っている場面も心に残りました。
ダーヴィド 僕自身も彼の言葉については、時間をかけて考えました。
以前、西アフリカのシエラレオネを訪れたとき、写真を見せながら「こうやってゴミ箱から食べ物を救出し、料理を作っているんだ」と話したことがあります。けれどそこの人たちは、何を言っているか分からないという反応でした。この世界のどこに、食べられるものをゴミ箱に捨てる人がいるんだって。冗談だと思って彼らは笑うんです。
世の中には、食べるものや着るもの、寝る場所にも不自由している人がたくさんいる。日本も、経済的に豊かな国ですが、子どもの7人に1人が貧困状態にあると聞きました。命をつなぐための食べ物が満足に手に入らない人がいて、一方で、ゴミ箱いっぱいに食べられるものが捨てられている。どちらも同じ世界で起こっていることです。
大阪の男性の言葉は、食べられるものを捨てるという行為が、どれほどぜいたくで、どれだけ感謝を忘れたふるまいであるかを、改めて深く考えるきっかけになりました。
「もったいない」は、愛とコミュニティの象徴
――生協パルシステムでも産地やメーカーと協力しながら、生産者が丹誠して育てた野菜を、無駄なく使い切る商品作りを進めています。日本での旅を振り返り、改めて、食品ロスをなくすために何が必要だと考えますか?
ダーヴィド 「愛」と「コミュニティ」です。食材に対する愛、自然に対する愛、地域社会や仲間への愛、家族への愛、次の世代への愛……。食べ物は、単にエネルギーや栄養を供給するだけでなく、人と人、人と自然とを愛で結びつけます。
「もったいない」は、そうしたあらゆる愛とつながりの大切さを象徴する、持続可能な未来のためのキーワードですね。「もったいなさ」に気づくことから、すべては変わります。僕はこの旅で、創造的で革新的な取り組みに出合い、希望を見つけました。
大事なのは、問題ではなく解決法に目を向けることです。恥や罪悪感で自分を責めるだけでは何も変わらない。無駄を発見したら、これをどうやってよいことに変えていくか、ポジティブに「チャンス」ととらえることをおすすめしたいです。
――ニキさんは、旅を振り返ってどんな気づきを得ましたか?
ニキ 創造力を働かせて、楽しみながら、食べ物により親しむことが大事だと思いました。
例えば、おはしを使わずに手づかみで食べたらどうなるのか、目隠しをして食べたらどうなるのか。いつも私たちが無意識でやっていることに意識を集中してみる。私はこの旅で手づかみも目隠しも初めて体験しましたが、どちらにも新鮮な発見がありました。
そういう経験が、食べ物との間にもっと近しい関係をはぐくんでくれるのではないでしょうか。
持続可能な社会に向けた変化の兆し
――最後に、食品ロスを減らしていくという課題にとって、このコロナ禍の影響をどうとらえているかを教えてください。
ダーヴィド オーストリアでもパニックになった人々が必要以上にものを買いだめし、一時的に食品ロスが増えたとも聞きましたが、決して悪いことばかりではありません。
外出自粛の期間中、僕の周りでも食や健康への関心が高まり、家にある食材で工夫して料理をするようになったという人がたくさんいます。本当に大切なものは何だろうと、自分と向き合う時間が増えたと感じている人も多いのではないでしょうか。
一つひとつはささやかな動きですが、大きな変化につながる兆しが見えてきているように感じています。
――コロナ禍でも、希望は見いだせるということですね。
ダーヴィド 僕のスローガンは、「ゴミをつくらず、愛をつくろう」です。
外出自粛やロックダウンの中で、僕は、これまで以上に人と人とのつながりの大切さを確信しました。実際には同じ場にいることが難しくても、心はつながることができます。これからもさまざまなやり方で、世界中の人々がどうすれば食べ物を分け合えるかを、クリエイティブに、ポジティブに、みんなで考えていきたい。まさに連帯ですね。
この転換期を乗り越えたら、経済力は多少落ちるかもしれませんが、より心豊かで、健康的で、コミュニティと強くつながった生き方を、僕たちはきっと手にすることができるはず。そうすれば、この先、2020年のコロナ禍を振り返ったときに、「本当に大変だったけど、あれがあったからこの新しい時代があるんだよね」と、喜び合えるでしょう。